戦後処理、再び

 これが――これがアハティンサル領が最も恐れた事態。

 シショウはその恐怖を体感していた。


 ペルフェク島に襲撃をかけても、裏切り者がいた場合、あっという間に形勢逆転されてしまう。何しろ攻め込むアハティンサル領側は頼りない小舟で近付くしかないのだから。


 それに加えて、今シショウの手元には御神刀がある。ここで取り返されれば、アハティンサル領は手も足も出ないだろう。小舟の上でいい的になるだけ――


「シッ!」


 突然、クーガーがしゃがみこんだ。それだけではなく、シショウが腰に差していた短剣を抜き取っている。

 それをソウモに投げつけるつもり――だが間に合うはずはなく――


 ガァアアアアン……


 銃声が轟く。


 そして――崖下の物陰からシショウを狙っていた男がもんどりうって倒れていた。肩口に短剣が突き刺さっている。


「え!?」


 と、シショウが驚いてクーガーの方へと振り返ると、そのクーガーの後ろに、今にも襲い掛かってきそうな男がいた。

 ただし男は喉に銃弾を受けているので、もう絶命しているだろう。


『ソウモ、良い腕だ』


 クーガーが呟く。

 つまり、ソウモは最初からこの男を狙っていて……シショウが現状を理解するまで、時間が必要だった。


 だが、それをこの場で整理するわけにはいかない。

 シショウがクーガーから説明されたのは、小舟に乗り込んでからだ。


『ソウモが俺を狙っていないことはすぐにわかるしな。後ろに敵がいるのはわかっていたし。それなら俺はお前を狙っている方を片付けようと思っただけだ』


 言われて、シショウも気付いた。

 クーガー相手には奇襲は通用しないと。しかしそれが銃撃さえも察知できるとは……さらに、これだけの異能の持ち主が――


 いや、だからこそなのかもしれない。

 クーガーはあまりにも裏表なく、アハティンサル領を信じている。


 それがシショウには……


『アニキ! 参りました!』

『な、何だ突然?』


 いきなり頭を下げられたクーガーは当たり前に驚いた。キンモルはジョカイを担いだままでため息をついている。

 クーガーの被害者が増えたとでも考えているのだろう。


 わけがわからくなったクーガーは、今はまだ作戦の途中であることを利用して、渾身の力で色々と誤魔化すことにしたらしい。


『その~……あれだ! これでますますシンコウは出番が無いってごねるんじゃないか? これからの殴り込みをだな――』

『あいつの野太刀は、島では正直使いにくいっすね』


 シショウが水を差す。

 それが自分の役割だと思い出したように。


『それよりアニキはもう遠慮してくださいよ。スイーレの姉御にそう言いつかってますんで』

『お前! いつからスイーレと!』

『私も言われてますよ。それが無くても、私が止めますけど。指揮官が現場に行って手柄を横取りするの良くありませんから。クーガー様、全部やってしまって伯爵閣下にも叱られていたでしょう?』


 ここが好機だ、とばかりにキンモルがとどめを刺しに来た。

 そこまで言われれば、クーガーも抗いようがない。呻き声を上げるものの、再度の突撃は遠慮することで納得したようだ。


『――あとは俺たちに任せてください。大丈夫っす。きちんと生け捕りにして、小銭は稼がせてもらいますから』


 落ち込むクーガーを、シショウが励ます。

 いやそれは予言であったのかもしれない。


 御神刀を取り返したアハティンサル勢は、僅か半点鐘でペルフェク島を制圧。帝国の残党のほぼ全員を捉えることに成功したのだから。


 そしてその結果――


                ~・~


「これは喜ぶべきか、途方にくれれば良いのか判断に迷いますね」


 ここは王国の首都「湖の宮殿」。

 頭を悩ませているのは王太子フォルティスコルデ――通称ルティスである。


 黒髪に、翡翠の瞳。スカルペアの後遺症で相変わらずの疲れたような面差しだが、今はさらに疲労の影が濃い。

 何しろ神聖国との兼ね合いで、遠く離れたアハティンサル領に向かわせたはずの義理の弟、クーガーが再び大騒ぎを起こしたのだから。


 いやただ単に大騒ぎを起こしてくれた方が、その後の処理は簡単であったことは間違いない。

 これから必要になるのは間違いなく戦後処理だ。あの果てしなく面倒な戦後処理だ。


 義理の弟の婚約者から、要点を絞った報告書が届けられたわけだが、それをどう受け止めても帝国との外交交渉が必要になることは間違いない。

 その他、王国内部でも色々と処理しなければならない問題も無視できない。


 それに加えて、身代金を主にした臨時収入の使い道――いや最も額が大きくなるのは帝国からの賠償金か。

 というか、そうしなければならない。


 その上、義弟の婚約者、報告書にしれっと大規模な政略案を混ぜてきている。それも無視するわけにはいかないだろう。

 無視するには今度の騒動で彼女が積み上げた功績は多大であるし、政略そのものも真剣に検討するに値する見込みがあった。


「これは会議にかけなければダメでしょうね。あと――陛下にも面会の約束を」


 ルティスは覚悟を決めて、近侍にそう命じた。

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