政略に組み込まれる恐怖

「え? ヘーダなのか?」


 名前を呼ばれたヘーダではなく、クーガーが先に驚いてしまった。推理小説ミステリーの様式美というものがわかってないわね。

 ここは、ヘーダの順番でしょ?


「わ、私が……私だと言われても……」


 そう言えば通詞だったわねヘーダ。きっちり王国語で反論してきた。でも、その台詞は合ってないんじゃない?

 サハクからの指名についてはどう処理するつもりなのかしら?


 そういうあやふやな対応をして、ヘーダが自分で自分の首を絞めているんだから、これはこれで良いんだけど。ヘーダの周りの人たちが自然と離れて遠巻きになっているし。


 それに私の目的は犯人を指定することじゃない。


『――ヘーダ。お前の仲間は存在するか? 「ゴシントウ」をジョカイに届けるまで一人で為したのか?』


 そう。

 まだそこがはっきりしない。ただ……ヘーダに仲間はいないと思うのよね。


 ……あ、そうか。これを説明しちゃえばいいのか。

 こうなったら私も覚悟を決めよう。話し続けるの疲れてるんだけどなぁ。


『……ここから少し長くなる。上手く言葉になっているのか判然としない。皆、そのつもりで』


 と、先に断っておいて、今私が見えているものの説明を始めた。


 まず、私がおかしいと感じていたのはアハティンサル領に帝国からの輸出品が届いてない事。前まではそんなこと考えはしなかったけど、クンシランの動きを追う内にそんなことを考えるようになってしまっていたのよね。


 あの騒動では流通を西に偏らせて、金を稼ごうっていうのが目的だった。それが帝国内部の諍いも絡んでいるらしいんだけど、王国から見ればそういう事だ。


 ――じゃあ、東の流通は? 海があるんだけど海路も押さえたの?


 という疑問に突き当たるのは当たり前だった。で、実際押さえられていたみたい。調べてみたら帝国から海路で入ってくるはずの商品が無くなっていたのよね。


 そこで「ゴシントウ消失事件」が始まりだったんじゃないの? という疑問にも突き当たるんだけど、それにはあまり興味がない。下手につつくとシーミア公爵家と揉めそうだしね。


 問題は騒動が片付いたはずなのに、相変わらず帝国からの輸入品が入ってきてないって事よ。

 それでも海路を使っていたならアハティンサル領には大規模な港があるはずなんだけど、クーガーの手紙にはそれが無い。


 庁舎の後ろにある崖は、海からの荷下ろしに使われたような痕跡があるけど、あの規模じゃあ、という感じ。結局、長老たちの話で港は南にあることはわかったから、それは良いんだけど。


 何しろ、それと同時に隠されていたペルフェク島の存在を知ることになったわけだし。


 それである程度の話の辻褄が合ったんだけど、王国南方の流通路が元に戻った時点で、海路を押さえていても意味は無いのよ。というか前の動乱の時のアハティンサル領の動き方がもうおかしい。


 クンシランを攻撃する理由が無いんだから、アハティンサル領への指示がこの時にはもうおかしくなっていたんだろう。


 その理由は――私が言うのもなんだけど、あまりに「机上の空論」が過ぎているんだと思う。


 そして今、ペルフェク島にいる帝国の連中はその「机上の空論」がそのまま残っている。帝国で流通路を偏らせようとした誰かはもう失脚してるんじゃないかと思うのよ。


 だから圧倒的に有利な状況なのに、帝国からアハティンサル領への要求が鈍かったというわけ。頭が無くなって手足がどう動けばいいのかわからない。だからこれまで行ってきた要求を繰り返すだけ。


 つまりペルフェク島にいる帝国の連中は、机の上でさえ完璧な未来図を描けなかったのよ。


 そんな……そんなポンコツどもに私の考えを邪魔されるなんてありえないから。


 私にはアハティンサル領に入ってくる輸入品をもっと北まで持って行ってもらって、さらにニガレウサヴァ伯に手伝ってもらい、それを神聖国に売りつける計画があったのよ。


 神聖国では新派という連中が商売を肯定したという情報も入って来てるわ。だから新派だけ贔屓して、帝国からの輸入品を安価に卸してゆけば――通行税の分、安くできるし――神聖国は格差が生じて混乱に陥るわ。


 それが私の狙い。神聖国、滅ぼすべき!


 ――ん? 何だか私を見る皆の目が怯えているわね。クーガーは慰められてるけど、どうして?


「それでヘーダについては、どうなりましたか?」


 アウローラが何だか呆れたように私に確認してくる。

 それはえっと……ああ、そうそう。ヘーダの他に共犯者はいないだろうという話だったわね。


『ペルフェク島に残っているジョカイなる残党は帝国での力を失っていると推測される。そういった状態ではさらに内通者を増やすことも難しいだろう。それに、ヘーダは恐らく自分から帝国に売り込みに行ったのだろう。帝国は外国人であっても出世が可能であるし』


 それが流刑地であるアハティンサル領に様々な人種がいるという理由でもある。


『ヘーダは帝国で学んでいたと聞いているし、実際三つの言葉を操れる。操れる言語の数はもっと多いのかもしれない。だからこそ――出世を望んだ』


 だが、だ。


『世界情勢を読む能力は無かったようだな。お前が出世の足掛かりにしようと考えていたジョカイにもう力はない。ジョカイはもう行くことも戻ることも出来ない半端者でしかないのだから』


 結局、ヘーダの敗因とは己の見る目の無さ、という事になるだろう。

 そして、それを十二分にわからせることが出来たようだ。ヘーダはわかりやすく肩を落としている。


 私はクーガーに頷いて見せた。

 クーガーはそれを受けて、


『シンコウ! ソウモ!』


 と二人の名を呼んだ。

 ヘーダのここから先はアハティンサル領の判断に任せるつもり。


 そして、後始末については――クーガーに任せるのが一番なのよね、多分。


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スイーレの謎解きタイムはここで終了です。

今しばらくのお付き合いをお願いします。

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