揺らめく御神刀
『順番に説明させていただくので、しばらくご清聴を願う。関係ない話に聞こえるかもしれないが、
皆が驚いている間に、私は用意していた前口上を並べ立てた。
こういう時に参考になる
ここでしばらく間を――何か思ったよりも静かなんだけど。でもこれはこれで有難い。
『――実は「ゴシントウ」が見えなくなった可能性について言及したのはこちらのクーガーが最初だ。そしてクーガーがそれに気付いたのは、クーガーが生まれ育ったニガレウサヴァ伯領の気候が関係している』
全然関係無いように思うだろうなぁ、と、私自身諦めながら先を続けた。
『ニガレウサヴァ伯領は王国でも最北。最も寒い地方に位置している。
ここで間を置く。
うん、狙い通りヒソヒソ話が始まってるな。その調子で「事件発生時は凄く寒かった」という風に上書きしてもらおう。
……実際、寒かったとは思うんだけどね。
『では次に温かさについて説明させていただく。ここから先はしばらく血腥い話になるが我慢して欲しい。クーガーとそちらのキンモルはニガレウサヴァ伯領では匪賊退治を行っている。当然、戦いになり血も流れる――この時、寒い気候の中で血だけが突然温かさをもって現れることになる』
出来るだけ、穏やかになるように言葉を選んだつもりだが、どうだろう?
アハティンサル領は戦い慣れている者が多いと聞いたけど……あ、女性も含めて割と平気みたいね。
これなら血だまりが出来る、ぐらいは言っても良かったかもしれない。
けれどわざわざ修正することも無いだろう。
『寒さの中で温かいものが現れた場合、どうなるのか? まず湯気が立つことを思い浮かべるだろう。そこからもう一歩想像を進めると――湯気の向こう側が歪んで見えた記憶はないだろうか? 極寒のニガレウサヴァ伯領ではこれがもっとわかりやすく起こる』
ここまで説明すれば――当然察する者もあらわれるだろう。
そういった、視界が歪む現象こそがゴシントウを見えなくする理由なのだろうと。
もちろん、それだけでは十分ではない。
私はその穴を埋めるために説明を続ける。
『厳しい寒さの中で、温かいものがあった場合、見えるものが歪んで見える可能性がある。そしてそういった条件は事件発生時にもこの「タイシャ」に揃っていた。寒さと……山開きによって現れた道の温かさだ。この温かさは某が改めて説明するまでも無いだろう』
アハティンサル領の人間の方がこの温度差は体感出来ているはずだ。頷く仕草をそこかしこで見ることが出来る。
当然、納得しきれていない反応もあるわけだが、まだ説明は途中なのよね。
『……さらにここで条件を付け足そう。それは「ゴシントウ」を見る時の角度だ』
これは意表を突くことが出来たようだ。
再び静まりかえる。
『「ゴシントウ」は、少し見上げる形で祀られていたと聞く。さらにこちらの人たちは、今のように敷物の上に腰を下すことが普通であると知った。そうなるとますます見上げる角度は急になる』
ここまでは反論のしようも無いだろう。
皆も、自然と頷いている。
『さらに、だ。その時に「ゴシントウ」と向かい合っていたのはユーチだ。これは確認してはいないが……』
ユーチが顔を青くして、頷きながらそれを肯定した。
祭司長なら、当然そういう事になるだろう。
『……とにかく、そういった条件が重なって「ゴシントウ」は見えなくなった。これが事件の真相だ』
静けさが周囲を押しつぶしてゆく。
それでも私は続けなくてはいけない。
無情と言われても、ユーチにクーガーを介して細かいところを確認した。
それによると、ユーチは元々座っている状態では「ゴシントウ」を視界に収めることが出来なかったらしい。もちろん、立っていれば見ることは出来たのだが、事件当日は立っていても「ゴシントウ」を見られなかった、と。
ユーチの身長なら、そういう事だろうな、と予測していたがこれで次の説明に移ることが出来る。
そう――まだ説明は途中なのだ。
『ご理解いただけるだろうか? 「ゴシントウ」が消える。こういった条件を満たすことが出来るのはユーチだけだということを』
私はその説明を解き放った。
それもまた犯人以外の意表を突くことに成功したようだ。いや、もしかしたら犯人も理由がわかっていなかったのかもしれないわね。
『ユーチは「ゴシントウ」が消えた、と思い込んで大騒ぎになった。至急、あちこちに連絡しようとした。これは通常なら褒められるべき対応で、某はこのユーチの行動は咎められるべきではないと考える。だが――』
私は犯人を睨みつけた。
『お前にはゴシントウが見えていたはずだ。見えなくなる条件を満たしていないのだからな。何故、すぐに「ゴシントウ」はそこにある、と言わなかった?』
私の視線を辿って――いやこうなってしまえば、私の視線を辿るまでも無いだろう。もう犯人たらしめる条件を満たす者は一人しかいないのだから。皆の視線が犯人に集中する。
だから私はその名を呼んだ。
『返答せよ、サハク』
と。
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