整合性を無くしたスイーレ

 ゴシントウが見えなくなる――


 その言葉の意味が脳に染みこんでゆくと同時に、スイーレの目が大きく見開かれた。


「そ、それが出来るなら――」

「出来るというか、そういう状態になってしまうというか。――キンモル。時々あっただろ。血がだーっと流れてさ……」


 そこからのクーガーの説明は非常に血腥いものだった。聞いていくうちにパテット・アムニズが顔色を無くしてゆく。

 しかしスカルペア経験者である四人にとっては、人の死など取り立てて珍しいものではない。


 しかもクーガーの説明は――


「――それなら……『ゴシントウ』が消える可能性はありますな。条件も整っている。それに……サハクさんが余計なことを考える、魔が差してしまう、という状況も整ってしまう」


 青い顔をしながら、それでも眼だけは輝かせるという矛盾した状態でパテット・アムニズはクーガーの発見きづきに太鼓判を与えた。

 では、スイーレは? と様子を窺ってみると――


「何てことをしてくれたの!? あなたは凄いトリックをネタバレしたのよ!」


 最高に理不尽な理屈を振りかざしていた。

 これには流石のクーガーも「えぇ……?」と、途方に暮れるしかない。


 幸い、この場にはクーガーの味方がたくさんいた。誰もスイーレの味方にならなかったというべきか。


「主宰! それはあんまりですぞ」

「お嬢様! いくら何でもクーガー様がお可哀そうですよ」


 アウローラまでもがクーガーの援護に回った。

 キンモルは「珍しいこともあったものだ」と内心では驚いていたが、むろんそんなことを口に出すことは無い。


 下手に口を出すとキンモルもまた「ネタバレだ」といちゃもんを付けられる可能性があるのだから。

 ただ、可哀そうな目でスイーレを見遣るだけ。


 あるいはそれがスイーレにとどめを刺すことになってしまったのだろう。


「……だって……クーガーにトリックとか、そういうものまで上手くやられたら、私なんか何の価値も無いじゃない。こういうのは私が思いつかないとダメなのよ」


 さらなる理不尽を重ねてくるスイーレ。

 しかし、今度は周囲の目も同情的であった。


 特にアウローラは、スイーレの気持ちを察してしまう。


 スイーレは顔の傷の事について、引け目に感じているのだ。普段強がっていても。

 そしてクーガーは異能の持ち主で、将来的に歴史に名を残す人物になることは確実だ、とスイーレは考えている。


 そのクーガーと並んでゆくためには、自分の得意分野で立場を固めなくてはいけない――そんな風にスイーレは考えてしまうのだろう。

 だがスイーレの性格上、それを明け透けにも出来ない。


 その結果、今のようにクーガーの鋭さが推理テリトリーにまで発揮されたと感じてしまうと、紡ぎ出す言葉が飛び抜けて理不尽なものになってしまったというわけだ。


 先ほどのスイーレの言葉は、彼女にしてはかなり実は明け透けな心情の吐露だったというわけである。


「いや、それはどうなんでしょう? 確かにクーガー様が先に思い付きましたが、私だって同じ経験しているわけですから、私が思いついた可能性もあります。それはクーガー様がスイーレ様のように考えを組み立てたわけでは無く、ただ経験していたから気付いただけ……という事になるのでは?」


 突然、キンモルがつらつらと語り始めた。

 スイーレを慰めるというような雰囲気ではなく、どこかクーガーを非難するような雰囲気で。


 しかし、それに何より喜んだのはクーガーだった。


「そう! そうだよキンモル! 俺たちはたまたま知ってただけで、スイーレのとは違うんだよ。だからスイーレ。お前は凄いんだってば」

「……信じられない」

「何でそういう事になるんだよ!?」


 未だに理不尽は抜け切れてはいないようだ。


「もうお嬢様は放っておきましょう。それでこれからどうしますか?」


 流石に呆れたアウローラがさっさと匙を投げてしまった。確かにこの状態のスイーレに付き合うのは無駄な努力と言えるだろう。


「でしたら僕は、天気の話から当時の温度を聞き出してみましょう。これなら世間話で聞き出せますし」

「ああ、それは良いかもな。……でも寒く無かったらどうするんだ?」


 パテット・アムニズの提案に、スイーレから逃げ出すようにクーガーが絡んでゆく。そう言われて、パテット・アムニズは黙り込んでしまう。元々、思い付きを口に出しただけなのであるから。


「ええと……それなら、適当なところで切り上げますか」

「そうなったらそれはそれでいいけど、寒いのが確定的なら、それがわかっていても聞き込みを続けて」


 突然スイーレが割り込んだ。


「サハクの心を折るためには、当時は寒かった、というのが共通認識で出来上がっている方が便利なのよ。聞き込みついでにそういう雰囲気を作っておいて」

「主宰……」


 スイーレの指示を聞きながら、パテット・アムニズは苦笑を浮かべながら頭を振った。


「主宰は間違いなく傑出した存在ですな。僕が恩を感じているとかは関係なく。許されるなら、主宰をモデルにして登場させたい――」

「それはやめて」


 即座に却下するスイーレ。しかし、確かに復活したようだ。

 それに一同が胸を撫でおろしたところで――


 ――五日後には準備が整うのである。


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と、次回からスイーレ一人称で「さて、皆さん」とやるターンです。

スイーレ一人称は、その他に一番最後に少しだけ。

もう間もなく終わりますので、もうしばらくお付き合いの程を。

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