犯人の目星
それはスイーレにとって、かなり心を砕いた説明ではあった。しかしそれも
当然、クーガーは勢い良く手を上げることになる。
「さっぱりわからん。消えたのは……盗まれたんだろ? ……そうだよ。盗まれたんだから、そこにトリックも何も無いだろ? 盗られたから無くなった。不思議は無いじゃないか」
そして自分でとりあえずの解答に辿り着いてしまう。そしてスイーレの説明が、クーガーにとっては、全く的を射ていない理由を言語化してしまっていた。
スイーレもそれに気付き、
「ええとね……長老たちの話では、ユーチが発見したのは『ゴシントウが無くなっていること』だけなのよ。盗まれた、と結論付けたのは、全部後からなの」
と、さらに丁寧に説明していった。
そのせいで、クーガーも思い出すべきこと、そして考えるべきことを絞り込むことが出来たようだ。
「……ああ、そう言われてみれば……そうだな。ユーチはまず最初に大騒ぎしたって――」
「そう盗まれたというのは、後から帝国が持っていると言い出したからなのよ。つまり最初は『ゴシントウ消失事件』だったわけね」
ようやくクーガーの理解が追い付いてきた。
それはアウローラとキンモルにとっても同じことで、大体の話は聞かされていたが、今のスイーレの指摘で無事に事件を分解することができたようだ。
そこでパテット・アムニズが口を挟んでくる。
「こういった事件の概要を後付けで錯誤させるトリックはままあるのですよ。主宰はすぐに気付いたご様子ですが、僕も主宰が質問されている内容で、ピンときました。説明によればゴシントウが消えた後の混乱ぶりは、それこそ犯人にとってやりたい放題だったと。つまり、最初にゴシントウを消しておけば、帝国に渡すことは後からどうとでもなっていたわけです」
さすが作家の言語化能力というべきか。
これによって、この場の全員が「大社」において何が起こったのかを正確に把握した。
そうすると次には――
「で、結局犯人は?」
「ゴシントウを所定の場所から移動させたのは、あのサハクって奴よ。他にいるかもしれないけど、現状では他の名前知らないし。でも人手不足って事なら多分、そうなんでしょう」
クーガーの当然すぎる疑問に、スイーレは淡々と答える。
それを否定する材料が無いので、一同はそのまま受け入れるしかない。
だが、それでも問題は残る。
「何故……サハクさんはそんなことを?」
アウローラがその問題を口にした。
スイーレはそれに対して小首を傾げると、
「さぁ」
と、こちらもあっさりと答えた。
「さぁ……って、そこが肝心なところなのでは?」
面食らったアウローラが重ねて尋ねると、スイーレも重ねて首を横に振った。
「私はただ、ゴシントウに触れる機会があった人間を挙げているだけで、それ以上はわからないし、今の状況を改善するのには十分だと考えているの。帝国がどこまで入り込んでいるのか? そしてその排除の目星がつけばいいのだから」
「それは……確かにそうですが……」
何ともスイーレらしくない、と思ったアウローラが重ねて異議を唱える。
だがスイーレのこの態度もまた、ミステリーに影響を受けたものだった。
「主宰。“カプタリアン”ですな」
「そうね。動機が重要ではないという主張はあまり説得力が無かったけど」
どうやら、そんなことを主張する探偵がいるらしい。
そこでアウローラは納得したが――
「またわからなくなったぞ。じゃあ、サハクは一体何を考えて……?」
クーガーがもっともな疑問を抱く。
すると、スイーレに合図されたパテット・アムニズがそれに応じた。
「どうやったのかはわかりませんが、ユーチが『ゴシントウが無くなった』と騒ぎ出した。ところがサハクがそれを見つけてしまう――と、想像してみましょう。これはそこまで無茶な話ではない」
「……ああ、そうだな。確かにありそうな話だ」
パテット・アムニズに嚙み砕かれて、クーガーも順番に理解してゆく。
そのままパテット・アムニズは続けた。
「その時、サハクにふっと魔が差してしまった。元々、神聖なものだと崇めていた『ゴシントウ』です。触れてみたい、自分の手元に寄せてみたい、じっくりと眺めてみたい。――ここまではどうでしょう?」
「……俺は『ゴシントウ』がどこまで重要なものかは理解できていないが、確かにそういう余計なことを考えた記憶はあるな。……もっと子供の頃だけど」
「然り。この事件のきっかけは、恐らくそんな些細で幼稚な感情だったのでしょう。子供じみた欲望を抑えきれなかった。ただそれだけの話で済むはずだった。犯行に至った動機、などと大仰に考えるまでもなく」
「――だが『ゴシントウ』は帝国の手にある」
パテット・アムニズの言葉を遮るようにして、キンモルが声を上げた。
サハクの「動機」がその程度のものであれば、帝国が出てくる隙間が無い。
「ええ。だから――」
キンモルの声に答えるように、スイーレが口を開く。
「――もう一人は確実にいるのよ。この事件を帝国に結び付けた“誰か”がね」
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