謎は概ね解けている

 そのスイーレの宣言は――一回聞いたぐらいでは、理解できない物言いであったことは間違いない。

 そのため、スイーレのアハティンサル語習得には欠落がある、と長老たちが考えるのも無理はなかった。


 しかし、スイーレの宣言はかなり正確だった。

 複雑なのは現実の方である。


『――証拠はないが「恐らくこう言う事だろう」とほとんどの事は説明することは出来ると思う』


 それは宣言の補足ではあったが、にわかには信じられない内容である。そのため、長老たちはさらに沈黙を続けるしかない。

 その間もスイーレの言葉は止まらなかった。


『ただ一点、ゴシントウが消えた絡繰りについては見当がつかない。しばし熟慮のための時間が欲しい。構わぬか?』


 その要望は長老たちにとって、今度はわかりやすい言葉であった。

 そのため反射的に、クーガーの通訳も必要ない熱心さで頷く。


『――感謝する。それと確認だが、アハティンサル領は今も干渉し続けている帝国を排除したい。――それが望みだと考えても良いのだな?』


 それは改めて確認するまでもないことで、今更、とも言えるような確認でもあった。だが、そういった肝心な部分を確認しないで、いきなり本題に入ってしまった事も事実。


 それに思い至ったケイショウ、ギキ、ヨウマンは居住まいを正して、狭い社の中でクーガーたちに頭を下げた。


『それが可能ならば――よろしくお願いしたい』


 確認を行ったスイーレは、菫色の瞳をクーガーに投げる。

 するとクーガーも弁えたもので、


『おう! 任せろ!』


 と胸を張って請け負った。


               ~・~


 社を出たクーガーたちに、アウローラとキンモルも合流する。

 心配そうな「親衛隊」の面々には、スイーレから、


『概ね理解した』


 と、進展したのかどうか、いまいち判断付きかねる言葉を聞かされて、戸惑ってしまっている。

 そこにクーガーがシショウの耳元に口を寄せて、


『――帝国の目があるかもしれないんだろ? とりあえず俺とキンモルはお前たちと合流する。何人かでスイーレたちを庁舎まで送ってくれ』


 と、指示を出した。

 それによって、今のアハティンサル領の状態をクーガーが理解している事を、シショウもまた理解する。


『わかりやした。――おい、ちょっと来てくれ』


 そして、クーガーの指示通りの段取りを整えた。


「クーガー。私たちは――」

「ああ、庁舎に戻ってくれ。俺とキンモルはちょっと歩き回ってから戻るよ」


 それを聞いたスイーレは棒でも飲み込んだ表情になるが、すぐに笑顔を見せた。


「やるわね。私ももう少し考えたいことがあるから……」

「一つだけわからないって言ってたことだな。それも後から教えてくれ」

「もちろん……なんだけど、出来ればあなたに説明する頃には、謎を謎でなくしたいわね。――パテット・アムニズ。どう?」

「はい。僕もどうにもわからない部分が……」

「ちょっと待て」


 クーガーがそこで口を挟む。


「お前もスイーレと同じだなんてことを言い出すんじゃ……」

「いや、大体の事は割とわかりやすいかと」

「お前……」


 クーガーがパテット・アムニズにさらに文句を付けようとするが、


「せっかく私を先回って動いたのに、台無しにするつもり? あなたはいつも通り街を練り歩いてきなさい」

「う……わかったよ」


 スイーレにそう言われては、クーガーとしてもどうしようもない。


『シショウ! 行くぞ!』

『へい! スイーレ様とはよろしいんで?』


 と、シショウに余計なお世話を焼かれながら、スイーレたちと別れることになった。


 その後、パテット・アムニズもまた聞き込みのためにスイーレから離れ、ヤマキ中央にスイーレたちが帰る頃には、ある意味では“いつもの”状態に戻っていたのである。


               ~・~


 そして待ちかねたような談話室での会合。

 夜は更け、ランプの灯りと月明かりが彩る中で、スイーレの菫色の瞳が揺らいでいた。


「……わからなかった。こういう時に使えるトリックが思い出せないのよ。これは多分、元の執務室とか屋敷にいてもわからなかった……と、信じたい」


 実際、アハティンサル領では記録を探るにも限界がある。

 とは言え、そもそも目の前にある謎について、既存のミステリーを参考にしようとする姿勢が間違っているのだが、それは諦めるしかないだろう。


 何せスイーレなのであるから。


「その点は僕も同じです。どうにも思い出せない。やはり……主宰の仰るように、未知のトリックであるかもしれません」


 パテット・アムニズも同病相憐れむ状態である。


「待ってくれ。お前たちはそれで済むかも知れねぇが、俺はさっぱりだし、キンモルとアウローラもよくわかってないんだろ? まず、ええと、整理してくれ」


 その二人に、クーガーが何とか追いすがった。

 実際二人だけでわかったような会話を続けられてはたまらない事は確かだ。


 スイーレもそれはわかっているのだろう。

 しかし、この認識の差をどういう風に説明すれば良いのか――そこが難しいようだ。


 スイーレはそれでも何とか言葉を絞り出した。


「……そうね。単純に言ってしまうと犯人は大体目星は付いてるの。何をどうやったのかは割とわかりやすい。でもユーチの前からゴシントウを無くした方法トリック。これがさっぱりわからないのよ」

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