事件の概要

 その事件が起こったのは年が明けてすぐの事だという。

 正確な日付は王国とアハティンサル領では微妙に違うのだが、概ねその辺りの日付であることは間違いないようだ。


 この段階でスイーレが眉根を寄せる。


 というのも、先の王国の動乱が起こった時期と、どちらが早いのか? という部分が引っかかったのである。


 もし、この事件の方が早いのならば、帝国の戦略に影響を与えたことになり、それは即ちアハティンサル領の割譲さえも帝国の戦略の一端なのでは? と想像できるからだ。


 無論、スイーレはそれを口に出さない。

 この場で検討すべき想像では無いし、ケイショウの説明を遮るつもりもなかったからだ。


『……元々、帝国からは「大社」に勤める者の数を制限するように、という話があったのです。それでかなり混乱してしまって――そこに先代の巫女が身体を悪くしてしまった事が重なり』


 ユーチが幼い身で祭司長になったのも、それなりに理由があったようだ。

 それは様々な偶然が重なった――という事にしておこう、とクーガーの通訳を聞きながらスイーレはそう判断する。


 重要な説明を聞きながら、あれもこれもと裏を探り続けるのは限界でもあった。


『そして……ユーチが言うにはですな。朝のお勤めを済ませて、御神刀に拝謁しようとしたところ、既に御神刀は無くなっていた、と』

『はぁ? いきなりかよ』


 思わず通訳を忘れて、クーガーが突っ込んでしまった。だが実際、それほどに呆気なく突然に御神刀は無くなっていたらしい。


 その後はユーチがパニックを起こし「大社」の中が大騒ぎなる。すぐに異変がケイショウたちに報せられ、センホ族のホウクが改めて確認してみると、確かに御神刀はなくなっていた。

 確認できたのは、御神刀の消失だけで……


『不埒者については、さっぱりでして。元々触れることも恐れ多い御神刀であるので、そういった者がいるとは考えにくく……』


 そのケイショウの言葉は推理小説ミステリーを愛するスイーレにとっては「何たる怠惰」という感想しか抱けない証言ことばだった。


 それでも御神刀が消える前、つまり前日の夜には確かに祀られていたことと、夜に不審な動きを見せた者はいなかったことだけはちゃんと調査したらしい。


 元々、人員が減らされていたこともあって、この辺りの調査についてはかなりの精度が確保出来ていたようだ。


 それを受け入れたスイーレは、眉をしかめながら、


『事件が発生した後は? それぞれの居場所は判明しているのか?』


 と、確認する。


 それに長老たちは顔を見合わせ、大社も管轄という事でセンホ氏族の代表になるヨウマンが答える。


『い、いや、そこまでは。すでに大混乱でしたので。皆が一斉に大社内を探し回って……それに応援の者たちもいたわけですし』

『増加してしまった、と』


 スイーレが難しい表情で黙り込む。

 するとギキから声が上がった。


『で、ですがですよ? その御神刀がジョカイの手にあることはすぐにわかっちまったわけで、帝国がこの事件に関係していることははっきりしてるわけで』


 今現在、御神刀が帝国の手にある以上、帝国の人間がアハティンサル領に潜り込んでいたことになるのだから、身内の事までは探る必要は無い。

 そんな風にギキは主張したいのだろう。


 そして事件発生までは、おかしな動きをしている者がいないことも、ギキの主張を後押ししている。

 ギキの主張、というよりもアハティンサル領全体で、そういう認識になっているのだろう。


 ――悪いことをするのは帝国。


 そう考えておけば、精神的には楽になる。

 しかしそれを信じきれない心も確かにあって、帝国と通じている“誰か”が側にいる可能性も無視できない。


 何しろその帝国と通じている何者かは「大社」に忍び込み、御神刀を盗み出すことが可能な技量を持っているのである。

 これでは迂闊に動けない。


 その何者かが、身内ではなく「ペルフェク島」に居座っている帝国人の可能性も、もちろんある。

 訓練された兵士が入り込んでいるとなると、ますます動きようがなくなる理由になるだろう。


 まず第一に御神刀を奪われてしまっていることで、アハティンサル領は委縮しているのだから。


『……では帝国の手にゴシントウがあることが確認されたのはいつなのか?』


 スイーレはあちこちに思考を巡らせるのを一旦終わらせて、説明を続けるように促す。


『ええと、それは三日後ですな』


 記憶を探りながらケイショウが答えると、スイーレはクーガーからそれを説明され、


『ペルフェク島に呼び出されて、ゴシントウが帝国の手にあることを見せつけられた、ということか?』


 と重ねて確認する。

 すると、長老たちは揃って頷いた。


 別に長老たちが実際にペルフェク島に赴いたわけでは無く、そういう段取りで確認されたと報告を受けたのだろうが、それはどうでも良いこと。


 スイーレはその後もペルフェク島からどういった形で連絡が来るのか? など確認を続け、それは連絡係を受け持っている者が南にある港に常駐しており、灯りで送られてくる合図を確認。


 それで小舟でペルフェク島に向かい、指示を受ける形になっている、と。


 幸い、というべきか現在クーガーやスイーレについての具体的な指示は出ておらず、今も帝国はクーガーたちをアハティンサル領から引き揚げさせるように、との指示が続いているだけらしい。


 それが今後どうなるかはわからないが……


 そこで長老たちの説明は一段落した。スイーレもそれ以上に説明を求めなかった。


 その代わりに、というのもおかしな話だが、スイーレが突然宣言する。


『――一つだけ明確に理解できない部分がある』


 と。

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