ついに救援要請
まずクーガー。強いことは長老たちも理解していた。しかし、その強さが何を齎すのかは、想像できていなかったのである。王国と情報が断絶していて、尚且つ積極的に情報を入手してこなかったことの弊害だろう。
それに、たとえ情報に接していたとしても、たった二人で城を陥とした――などという話をそのまま信じる者はいないという事だ。
王子がアハティンサル領に流されたという、恥ずかしい経歴を糊塗するために、おかしなことを言い出した。
――それが長老たちの認識だったのだ。
ところが商人たちは、クーガーが一人で城を陥としたことは正真正銘の真実だと伝えてくる。
そしてクーガーがアハティンサル領への赴任することになったのは、神聖国が近くにクーガーがいることを嫌がったことが理由で、決して軽々に扱われて流されたわけでは無い、と。
クーガーの扱いに関しては、王太子フォルティスコルデすらも「丁重に」と命じるほどで、だからこそアハティンサル領は税の免除、という事にもなった、と。
言われてみれば、クーガーが流罪相当の人物と考えるのには無理がある。
無理があるがしかし、長らく帝国からは流罪地として扱われていたために、アハティンサル領もすぐには考え方を変えることが出来なかったのだろう。
そして、である。
クーガーはわけのわからない凄さがあるが、婚約者のスイーレは理由が説明できる上で、さらに実績もとんでもない女性だという事が判明する。
あまり知れ渡ってはいないが、今年のはじめに王国に対して行われていた帝国の謀略を、スイーレは見破っている。
見破っただけではなくそれに対処する方策まで手配しているというのだ。
クーガーが城を陥としたのも、そういったスイーレの指示があってこそ、という話も伝えられた。
……それは全くの誤解ではあるのだが、帝国の謀略を阻止したことについては紛れもなく真実である。
その証拠に、神聖国はクーガーと同じようにスイーレを危険視している。これは確実なことだと。
長老たちは神聖国の位置やスイーレの実家にあたるルースティグ伯の所領の位置も認識していなかったわけだが、それを理解するにつれ、スイーレが大した人物であることも理解できるようになっていた。
何しろ、スイーレは神聖国と隣り合わせのルースティグ伯領、謂わば最前線で生活していたことになるのだから。
神聖国についても長老たちはよくわかっていなかったわけだが、
それに加えてショウブを中心としたミステリーサロンの形成によって、スイーレの為人も伝わってくるし、実際かなり頭が良いらしいことも判明する。
その頭の良さの保証については、スイーレが呆れるほどの
そして事態を知っても、この二人であれば王国からの揺るがないバックアップも期待できる。
となると……新しい代官には、何とかして現在アハティンサル領が直面している危機を知らせた方が良いのではないか?
そんな風に長老たちが迷い始めたとき、シンコウが長老たちに相談を持ち掛けたわけである。
そしてその結果――
~・~
それはまさに異例な光景であった。
代官のクーガーと、その婚約者スイーレが、地元の長老たちがたむろしている社へと訪れているのだから。
これは常識的にはあり得ない。
いくら長老たちとは言え、自分たちの元に代官を呼びつけるなどという事はあってはならないのだから。
しかも椅子も用意できない社であるので、藁で編んだ敷物があるとはいえ、二人を床に座らせている。
パテット・アムニズも同席しているため、ギリギリ無礼講の言い訳が成り立つかもしれないが、二人が社に赴いたのは宴会のためではない。
別に証明の必要は無いが、実際に飲食できるようなものは用意されていないことからもそれは明らかだった。
……おもてなしも出来ていないことになるので、それもまた異例なことではある。
そういった異例尽くしの事であるので、通詞であるヘーダも同行させず、その役割はクーガーが担う事になっていた。
そして社の側では、キンモルとアウローラが出来るだけ目立たぬように待機中である。さらに「親衛隊」が社を遠巻きに警護中。
異例が漏れないように、慎重にことを進めていることが窺えた。
さて、そこまで準備されていることに見合うほどの事が、この社で行われるのかどうか。
ある程度は期待していたスイーレたちではあるが、
『――実は大社から御神刀が盗まれた』
までは、予想された長老たちの告白であった。
「大社」からゴシントウが無くなっている事は判明していたわけで、それは驚くには値しない。
しかし「盗まれた」と断言していることがスイーレには気にかかった。
すかさず、そこを突いてみると、長老たちは「さすが」と言わんばかりに揃って頷く。
『――そこです。それで困ったことになっておりまして、御神刀は今、帝国の手元にあるのです。それで我らは何とも困った事態になっておりまして』
『帝国だって?』
クーガーは訳すのを忘れて、思わず吠えた。
帝国の関与――それはスイーレがずっと気にしていた、アハティンサル領の違和感の正体として挙げていた理由なのであるから。
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