クーガーの苦悩
具体的な成果ははっきりとはしなかったが、順調に進めているとも言えるパテット・アムニズとスイーレ。
一方、残るクーガーは……
「うう……」
「親衛隊」を引き連れて街を練り歩いている間も、呻き声を上げ続けていた。
『アニキ……「大社」で何かあったんすか?』
『無い! 無いという事になっている!』
それは「あった」と言ってるのと同じことではあるのだが、クーガーがそういうなら「親衛隊」としてはそれで黙り込むしかない。
考えてみればクーガーは、今回の目的である「アハティンサル領に受け入れられる」を最も進めている状態なのである。
進めている、どころではなく完了していると言っても良い。
だから究極的にはクーガーは「待ち」の姿勢であるべきであったのかもしれない。
今回の事とは関係なく「親衛隊」というものが勝手に形成されている現状がある。だからアハティンサル領に困難なことが起こっているなら、それを黙って受け止めるという器量を見せれば、事態が進むかもしれないのだから。
しかしクーガーは、それとはまったく逆のことを行っている。
「俺は困っている」を全身で表し、
『スイーレが何を考えているのか、よくわからない!』
と、実際に口に出してしまう事まで、やってしまっている。
では、それが全くの悪手であったかというと……
『わかりますよアニキ。俺も母ちゃんが怖いですもん』
シンコウの同情を買うことに成功していた。
シンコウの母親というのは繰り返しになるが、スイーレとすっかり親しくなったショウブのことである。
そのショウブが、ここ最近スイーレをやたらに褒めまくる。
それは良いのだが、そうすると自然に「連れ合いのお代官様はどうにも頼りないねぇ」という流れになってしまう。
シンコウは、クーガーの強さを体感しているので、
「そんなことは無い」
と、反論するが相手は母親なのである。
どうにも上手くいかない。気が付けば、逆に頭を下げるような状態になってしまっている。
そういった自分と母親の関係を、クーガーのスイーレに対する愚痴から連想してしまったようだ。
それで、先ほどのトンチンカンな励ましに繋がるわけである。
クーガーはそんなシンコウの励ましに怒鳴り返しても良かったのだが、王国組の間ではそうやって慮れることもないクーガーであるので、
『そうか! わかってくれるか!』
と、こちらもトンチンカンに返してしまった。
決して健康的ではない関係の深め方ではあるが、絆が強くなったのも確かなことだ。
シンコウたちは、そこからクーガーを慰めにかかる。
クーガーは瞬く間に言葉を覚えたし、アハティンサル領の生活を邪魔するわけでは無いし、税も免除になっているし実際、良いことしかしていない、と。
そうやってクーガーを慰めるために行ったことは、おためごかしでしかなかったのかもしれない。
しかし、それを言葉にしたことが大きかったのだろう。
シンコウたちを始めとした「親衛隊」の若者たちも、
――「実際、良い人なんだよなぁ」
と、いう評価を再確認することになったからだ。
だからこそ、
『お前たちの気持ちは嬉しいよ。嬉しいけど、お前たちが褒めてくれる部分って、スイーレが面倒見てくれた辺りなんだよ。やっぱりスイーレは凄いなぁ』
といったような、いつものクーガーの惚気も違ったように聞こえてくる。
先日の「親衛隊」相手の忠告といい、スイーレもまた頭ごなしに全てを却下するような人物ではないことは窺えるし、シンコウは
だから、スイーレはクーガー以上の柔軟性がある――というのは乱暴な結論ではあるが、無茶な考え方でもない。
『シショウ……どうだろう?』
『どうだろうって、何がだ?』
今日の当番であるシンコウとシショウは、情緒が安定しないクーガーを見ながら、こっそりと話をする。
『俺……やっぱりアニキに話すべきだと思うんだよ』
『それは……いや、その前にせめてケイショウさんたちに相談しようぜ。事が大きすぎる』
シンコウが先走りしそうなところに、シショウが待ったをかける。
だが、それはシショウがシンコウの考えに反対というわけでは無く、むしろシンコウの考えを後押しするような忠告だった。
それが伝わったのだろう。
シンコウは大きく頷いた。
~・~
一方、その頃社に集まっていたケイショウたち、アハティンサル領の長老たちは難しい事態に陥っていた。
そうなった理由は複数あるわけだが、目に見える形としては道の敷設に伴って、アハティンサル領でも商売になる可能性が出てきた事が挙げられる。
現在、アハティンサル領の商取引は低調な状態であるのだが、道の敷設によって新しい仕事が生まれ、その給金によって民たちに金銭的に余裕が生まれつつあるというなら話が違ってくる。
違ってくるが、それだけでは商人達もまだまだ積極的には動き辛い。
そこで投下されたのが「情報」である。これは長老たちも欲していたことでもあるので、外と接触することに消極的な長老たちも、素直に商人たちが投下してきた「情報」を受け入れた。
結果――
長老たちも知ってしまったのだ。
クーガーとスイーレが本気でやばい人間だという事を。
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