どれが実益なのか区別がつかない
「大社」の調査の結果、ますます謎が深まった感のある現状。何より、聞き込みを続けるにあたってさらなる制約が増えたようなものであることが厄介だ。
「大社」から「ゴシントウ」が消えている事はわかったが、それが決定的な発見にはならないところが、なんとももどかしい。
それでもパテット・アムニズは「おとぎ話を集めている」という建前があるので――というか、そっちが本命なのだが――それを中心にして、アハティンサル領で交友関係を広げている。
これには、
――「パテット・アムニズはトウケンと仲良くなったらしい」
という、噂が広まったことも良い方に働いたようだ。
すぐには無理でも、その内に「大社」何が起こっているのか教えてくれる人が出てきそうだ、とパテット・アムニズは報告している。
そしてスイーレが振りかざしている建前は「アハティンサル領に
「ラティオ」の業務を行いつつ、庁舎での作業に従事している者たちにミステリーをアピールするスイーレ。
到着したその日に、ショウブに自家本めいていた、アハティンサル語訳ミステリーを託していたことが、これもまた有効に働いたようだ。
ちなみに原本はコンピトゥム著の「ルースティグ伯爵殺人事件」である。
最初はショウブもルースティング伯が、実はスイーレの父親だとは知らなかった。
しかし、読んでいる途中でその事実を知り、大いに混乱したのだが、それも無理のない話である。
スイーレとしては、
「初心者にもわかりやすく、ミステリーの愉しさを知らしめるためには最適」
との判断で「ルースティグ伯爵殺人事件」をチョイスしたのだが――著作権的に「ラティオ」が発行している本の方が扱いやすいという事情もあるのだが――ショウブはそのチョイスで、スイーレのミステリーへの本気度を実感することになった。
そして「ラティオ」の業務の最中に、手紙の手配や軽く食べることが出来る食事の用意、その他の雑事を積極的に引き受ける事となったショウブは、スイーレとも親しくなってゆく。
それによってスイーレがスカルペアによって顔に傷を負い、それでも生きてゆくための生業の道として「ラティオ」を設立したと知り、さらにスイーレに肩入れするショウブ。
当然それはスイーレの「ミステリーを広めたい」という望みにも共感することになり、ショウブを中心にして庁舎に勤める女性たちで一種のミステリーサロンが出来上がりつつあったのである。
この流れはスイーレにとっても、歓迎すべき流れであり――
『そういう理由で
『そうだよヘーダさん。ここは引き受けてやんなよ』
通詞であるヘーダに、二人掛かりでミステリーの訳を依頼するまでになっていた。
この時にはすでにスイーレは執務室の主となっており、本来の主であるべきクーガーは一体どこに行っているのかわからない始末であるから、翻訳作業はあるいはヘーダの役割としては正しいのかもしれない。
しかしミステリーを訳せというのは、あまりにもスイーレの私事であり過ぎた。
そこでヘーダも判断に迷うところではあるのだが、通詞としての仕事が激減しているのもまた事実。
今ではスイーレとショウブの会話を訳すのが一番の仕事であり、それはショウブ主催のサロンにまで拡大しつつあった。
そうなるとヘーダとしては断りにくくなる。それに王国の人間の秘書のような役目を担うのも、慣例的に通詞の役割とされていた事情もあった。
「それでは、お引き受けさせていただきます。それでどの小説を訳せば……」
「とりあえず『ルースティグ伯爵殺人事件』を改めて確認してくれないかしら? その後はコンピトゥムで進めるか、王国のインフラを伝えるために『輪と零』……はちょっと先走り過ぎね。ヒストリアの方が……いえこれでは――」
いざ話が進もうとすると、スイーレは大いに悩んだ。
そこでショウブが口を挟む。
『ヘーダさんなら、なんでも大丈夫ですよ。ヘーダさん、帝国にも勉強しに行って、何でも話せるんだから』
当然、スイーレはショウブが何を言っているのか聞き取れなかった。
ヘーダも、それを通訳するのに躊躇いがあるのか、戸惑うばかり。
そこで本当の秘書らしくアウローラがショウブに「書いてみてください」と、やはり筆談でショウブに伝えると、ショウブは嬉しそうに書くことで、ヘーダの履歴をスイーレに伝えた。
それを確認したスイーレは苦笑を浮かべた。そして、
『……自分を褒める言葉は訳しづらかったと見える。そこまでの才人とは知らず失礼をした。後日改めてお願いさせていただく』
と、アハティンサル語で丁寧にヘーダに依頼する。
それはショウブにわかりやすくするため以上に、ヘーダを敬う心情がそこにあるかのようだった。
ヘーダもそれを感じ、改めてスイーレに頭を下げ協力を約束する。
~・~
と、こんな具合にスイーレもアハティンサル領での交友関係を広めていった。
そのついでに「ラティオ」の顧客が増えていく可能性が広がっていくのも、それは仕方のない話だったのである。
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