成果はあったものの

 スイーレが呆気に取られている内に、クーガーとキンモルがユーチに先導されて、その背後にあった亀裂へと近づいて行った。


「え? ちょっと待ってよ。何なの?」

「その通ってきた場所をもう少し近くで見たいって言ったら見せてくれた」


 スイーレの戸惑いにクーガーがとどめを刺す。

 「無茶苦茶を……」とは思うスイーレだったが、好機であることは間違いない。


 問題の亀裂に近づけるという意味ではなく――サハクの様子を窺い見るのに。


 クーガーを追いかけながらスイーレがサハクの様子を見てみると――


(焦ってる……? いえそれは当然ね。この状況は私でも――でも、その表情は怒り?)


 だがその感情も、当然と言えば当然になる。

 「大社」が一丸となって隠蔽している、と仮定した場合、ユーチがそれを理解しているとは思えない対応をしているのだから。


 この仮定が正しいとするなら、見えてくるものが三つ。


 一つ。サハクの様子は妥当である。

 二つ。亀裂が何かしらの秘密の中心にある。

 三つ。ユーチはかなりの迂闊もの。


(もっともユーチの年齢を考えれば、それも当たり前か。踊りが上手い者が神官長になるという制度がおかしいとも言えるわね)


 そこまで一瞬で推測を進めたスイーレ。

 そしてその視界に入ってくるのは――


『うん、これは見事だな。この割れ目を通ってこの地方に来たわけか』


 クーガーがそうアハティンサル語で称賛したように、神殿の奥には「道」があった。峻険な山の合間に現れる細い道。


 この「道」を発見してしまえば、そこに神聖なものを感じてしまうのも、当然であるのかもしれない。


 この「道」は神殿の奥から緩やかに傾斜しており、大社からは自然と見上げるような位置関係になっていた。それもあって、クーガーは板の間が終わる縁にまでは近付かず、ただ見上げるだけ、というあたりで立ち止まっている。


 実質ユーチが、自分が座っていた椅子を移動させて横にずれただけ、とも言えるような状態で留まったのは幸いと言えるだろう。クーガーも元々、亀裂にまで踏み込むつもりはなかったようではある。


 それは亀裂がアハティンサル領において神聖な場所だから――という理由だけではなく、


「これは……暑い、いや熱い、ですかな? してみると、この一帯は……」


 パテット・アムニズが独り言ちる。

 そう。この切れ目は何かしら熱を持っている。つまりこの山は火山であり、それを前提として考えると――


「なんとなく亀裂が出来た理由が見えてきたわね。それでもこんな風景になったのは奇跡的だと思うけど」

「さもありなん。しかしこれでは……」


 スイーレと同じ結論に達したのだろう。

 パテット・アムニズはスイーレの言葉に頷きつつも、何かを感じたようだ。


「で、どうだった? わかったのか?」


 二人の言葉に気付いたクーガーが確認してくる。

 この「大社」には何かある、という前提で乗り込んだのだから、クーガーが成果を求めるのは当然であり、目的を見失っていない事を褒めるべき事柄かもしれない。


 そしてスイーレは確かに成果はあった、と考えていた。

 つまり、この「大社」は何を隠している、と。


 しかし、言ってしまえばそれだけであり、ここで糾弾するにはまだまだ情報が不足している。帝国絡みの異常と、この「大社」で発見することが出来た「間違い探し」の成果がいまいち繋がらないのだ。


 そう判断したスイーレは、慎重に言葉を選んだ。

 ここでクーガーに暴発されては面倒なことになる、と。


「……わかったことはあるわ。それは山を下りてヤマキに戻ってからね。まだ準備が必要みたい」

「そうか」


 スイーレの危惧をよそに、クーガーはあっさりと頷くとユーチに帰ると告げて「大社」を後にすることにしたようだ。

 スイーレはとどめとばかりに、ユーチに重ねての謝意を述べると、その後に続く。


 こうして、新しい代官による「大社」への表敬訪問は終わった。

 様々な思惑を内に秘めながら――


                ~・~


 その日の晩――


 様々な雑務を片付けて、五人は再び庁舎の談話室サロンに集合した。

 雑事を抱えているのは「ラティオ」の業務を抱えているスイーレだけ、という考え方もあるが、


「これでも良い目くらましになると信じたいところね。夜に集まってひそひそ話してるんだから、手遅れだとは思うんだけど」


 と、スイーレは無駄な抵抗を言語化して、アウローラに愚痴をこぼしていた。

 パテット・アムニズは「大社に協力してもらえそうだ」と言って回り、それなりにスイーレに協力していたようではあるが。


 そして、様々なことを諦めてサロンに集まると同時に――


「あの『大社』にはあると思われていたものが無かったのよ。それは道を作る、というか山を切り開いた剣ね」


 と、クーガーもかくやというほど、一直線に「答え」を口にした。


「剣?」


 そのクーガーが首を捻りながら応じる。


「記録ではそう書かれていたわね。ただこの地方の特色を考えるシンコウが持っていた剣の方がそれっぽいのかも」

「ああ、なるほど。剣では無くて……刀か』


 後半をアハティンサル語に置き換えながら、クーガーがスイーレの説明を修正してゆく。

 その響きがスイーレの記憶を刺激したのだろう。こめかみを叩きながらスイーレが記憶を繋いでゆく。


「そう……それだわ。“ゴシントウ”という名称がよくわからなかったけど、それで繋がったわ。――あの大社はゴシントウを祀っていたのよ」

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