祭司長ユーチは落ち着かない
『あ、はい。そうです。私たちのご先祖様は、この割れ目を渡って来たと伝わってます。元々……ええと、そうですね。御山をお開きになったのは、オノグロ様です』
そう説明するのは、この神殿の祭司長に当たるユーチという少女であった。祭りの時に、真ん中で舞いを奉納していた少女と同一人物である。
センホ氏族であるはずだが、それらしい特徴は無く、年齢のせいもあるのか小柄だと言い切っても良いだろう。切りそろえられた真っ直ぐな黒髪。
祭りの時に見せた、特徴的な文様をあしらった緋色の衣服で身を包んでいた。
招き入れられた五人は、スイーレが察したように平屋の大社の中を、さらに奥へ奥へと案内され、問題の亀裂をそのまま確認できる吹き抜けの大部屋へとたどり着く。
その大部屋は杉の香りで満たされた板の間であり、こちらも空間を利用した雰囲気づくりに成功していた。「聖域」と言われれば自然と得心してしまう緊張感があるからだ。
板の間には三つの背もたれの無い椅子が用意されており、クーガー、スイーレ、パテット・アムニズがそれに腰掛けた。
そういった手配をしているのが、この大社の雑司と呼ばれる、実務一般を受け持っている役職の長、サハクである。
サハクはまだ若く、どうかすると少年という言葉が似合いそうな年恰好だった。それにアウローラは驚いたようではあるが、そもそもクーガーがそのような年であるので、これに関してはどっちもどっち、といったあたりだろう。
そういった状況で、まずはスイーレが頭を下げた。
「挨拶が遅れて申し訳ない」と。これをアハティンサル語で言う事を宣言することによって通詞は必要ない――つまり王国の人間だけで「大社」に赴くことを了承させたのだから、これは名実ともに必要な手続きだったわけである。
もっとも「謝りたい」というのはスイーレの本音でもあり、その本音を伝えるにあたって、間に人を挟みたくないというスイーレの想いは好意的に捉えられたようだ。
何より責任者代表である、ユーチが感激していることが大きい。
ユーチは前任者の退任に伴って、祭司長の座に就いたと、かなり明け透けに内情の説明を始めたのだから、何かの言い訳だろうか? とスイーレが疑ってしまうのも仕方のない部分がある。
ユーチが言うには、祭司長として最も重要なことは奉納の舞いを、最も巧みに舞えるものが選ばれるという基準があり、その基準に照らし合わせるとユーチが祭司長にならざるを得なかった、と。
それを聞いて、記憶を探っていたクーガーが「ああ」と納得できたのだから、それは本当の事なのだろう。
スイーレはそう判断し、そのままユーチから大社の役割、そして伝承についての説明を受けることにしたわけだ。
説明によると、かつて現在の帝国領にあたるシャンシェイ地方からコウテン山――当時はホウライと呼ばれていたらしいのだが――を登り、オノグロ神の導きによって進み続け、最大の難所を山開きによって突破し現在のアハティンサル領に辿り着いた。そして当時のアハティンサル領の名は「オノグロ」と呼ばれることになった。
……と伝承されているらしい。
そしてこの「大社」は、最大の難所を突破したことを寿ぐと同時に、難所を聖域化し祀ることで、心の拠り所にした。
そういった解説をされている文献を思い出しながら、スイーレはユーチの説明に神妙に頷く。
当然、ユーチの説明と解説の相違点を比較しており、既に違いを見つけていた。
こういった証言の違いは
そこに罠を感じるスイーレであるが。それにしてはユーチの態度がどうにも……人を騙すのに向いていない。そう感じてしまうのである。
パテット・アムニズも何か気付いているのか? と考えたところで、確認する手段があることに気付いた。
ユーチの説明が一通り終わったところで、パテット・アムニズを紹介し、
『こちらの友人は、この地方の竹を採取する老人の話を探しております。古い記録があれば確認させていただきたい』
と、ユーチに頼んだ。
かなり不躾ではあるが、ユーチは嫌な顔一つせずに、
『わぁ、そうなんですね! わかりました。私も全部はわからないんですけど、きっと記録はあると思います。お姉さまたちに聞いてみますね!』
と、通訳するキンモルが恥ずかしさを覚えるほどに、溌溂と請け負うのである。
こうなるとスイーレも判断するしかない。この子は善良であるようだと。
ただ同時に――ユーチの為人のようなものが見えた気がした。
近くで控えているはずのサハクの様子を確認したいが、それは死角に入ってしまっている。
アウローラかキンモルが見ていてくれればいいのだが……
『君の後ろにあるのが問題の場所なんだろ? もう少し近くで見せてくれないか?』
その時、スイーレがあくまで穏便に事を運ぼうとしているのとは裏腹に、クーガーが大胆に要求した。
『そこに入らせてくれとは言わないけど、よく見えないんだ』
『え? え~と……そ、そうですね。じゃ、じゃあ、近付きましょうか』
アハティンサル語をよく聞き取れないスイーレが、わけのわからないままに、話が進んでしまった。
それはきっといい方向に違いない。
少なくとも王国の人間としては。
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