散文的なスイーレ
果たして大社のある場所は、スイーレの想定よりもずっと高い場所にあった。九十九折りというほどではなかったが、二度三度と斜面に沿って折り曲がり、気付けばヤマキの街を見下ろせるほど高い。
「これは……とにかく今は『タイシャ』に集中しましょう」
二度目の折り返しの時、馬車の車窓から周囲の様子を確認したスイーレはそう口に出して、方針を固めた。
「それはつまり……帝国絡みの問題の事はいったん置いておくという事ですかな?」
馬車に同乗していたパテット・アムニズが確認してきた。
スイーレは小さく頷く。
「この高さではねぇ。もっとも神殿のような物、と考えればその方が自然なのかもしれないけど」
「主宰が何を想定されているのかよくわかりませんな。いずれ説明いただけると期待してもよろしいのですか?」
「それは……そうね。ただ、今の段階では私だけが知っているという状態の方が良いと思うのよ」
「承知しました。となれば、やはり主宰が帝国絡みで問題があると、説明してくださったのは、あまりよろしくなかった可能性もありますな」
機密保全のためなら、出来るだけ秘密を知る者を少なくした方が良いのは言うまでもない事だ。
それはスイーレにもわかっていたことだが、あのタイミングでスイーレに説明してもらわなければ、話はもっと複雑になっていた可能性もある。
それに――
「主宰の婚約者殿、なかなかの御仁で。僕のようなものが論ずるものでは無いでしょうが……何と言うか、僕が呑気に物を書いている時間を大事してくれそうで」
「おかしなこと言い出したわね」
「簡単に言うと、信頼できる、という感じですか」
「ああ、あの子は裏が無いから。その分こっちが苦労するんだけど」
「それはそうでしょう。
繋がっているようで、繋がっていないようで。
作風そのままに、ミスリードが組み込まれすぎているのか。
ただ、眉根を寄せるスイーレの横に座るアウローラが、意外そうな表情を浮かべていた。
~・~
「山粧う」――
という言葉がアハティンサル領にはある。秋になり、紅葉してゆく木々が山を彩っていく様を、そういう風に表現する言葉である。
「大社」のある、コウテン山の中腹から見下ろす山肌、そして見上げる山頂までの景色はまさに化粧したかのような絶景であった。
馬車を停めた場所は石畳が敷き詰められており、それも綺麗に掃き清められている。この「大社」を作り出す技術があるのなら、道も敷設できるのでは? とスイーレは散文的な感想を抱いたが、他の四人はそれぞれが感動していた。
まずはその敷地の広さに感動したのだろう。そして、そういった広さが齎す緊張感が、この「大社」が神殿と比肩されているのも、自然と理解できてゆく。
アハティンサル領という異郷の中においても、この「大社」は間違いなく異郷としての役割を果たしていた。
まさに神が住まうにふさわしい――
そんな感動を訪れる者に思わせているのだから。
ただしスイーレ相手ではそうはいかない。この空間もただの演出と割り切っている。そして頭の中に叩き込んでおいた、王国に伝わる文献との差異を見つけ出そうとしていた。
「……そこの階段を登れば良いわけね。確かにそれほど高くはないわ」
と、他の四人は置き去りにして、さらに検証を進める。
そしてそのスイーレの視界には――
「なるほど。あれが国開きの山。文献通り真っ二つね」
そのスイーレの言葉通り、階段の行く先を辿るように上げられた視界の中に飛び込んでくるのは、間違いなく奇観だった。
山が真っ二つにされているように、深い亀裂が入っている。
言語化するとそうなるのだが、見た瞬間の第一印象としては、
「こんなことってあり得るだろうか?」
と、感じてしまうほど奇妙な光景だ。
何しろ、亀裂の向こう側には空まで見えており、確かに何かを「開いて」いるかのようにも見える。
そういった奇観に吸い込まれるように、五人がばらばらと階段を登ってゆくと、そこに広がっているのもまた、掃き清めらえた広大な空間。
そして――
「あれが『タイシャ』か……」
と、クーガーが思わず漏らしたように、そこには荘厳な建物があった。
木造でありながら、しっかりとその場に根を下ろしたような安定感がある。
そういった建造物が、山の亀裂を背負って訪問者を見据えていた。
スイーレを除いた四人は圧倒されていたが、スイーレは、
(あっちこっち柱が出ていて変な建物ね。文献通りだけど。あのでっぱりはトリックに使えないかしら? ああ、でも変に横に広がっているから、その方が使いやすいか)
と、確実に冒涜的なことを感想を抱いていた。
そして、そんな冒涜的な気分に任せてアウローラに確認する。
「――こちらの要求はちゃんと通っているわね? 『国開き』という言葉も伝えたわね?」
「あ、は、はい。その辺りの神殿の成り立ちなども説明するようにと。それについては了承の連絡を受けております」
「じゃあ……ここからが本番というわけね」
スイーレが不敵に笑う。
その笑みを見て、他の四人も改めて気合を入れ直した。
――この「大社」には何かがあるはず、と。
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