会議が始まる

 クーガーが反応したのは、スイーレの言葉――思考に危険なものを感じたからだ。

 正確に言えば、スイーレが危険な何かに気付きつつあると。 


 そのスイーレは秋の夜風によって、酔いを勝手に冷まさせ、さらに思考すいりを続けた。

 そして、出てきた答えとは――圧倒的な情報不足。


 何しろスイーレ自身が、アハティンサル領に抱いている最も大きな違和感を誰にも告げずに、この場にいる。

 それをこの場に出して、パテット・アムニズが抱えている問題を出すように促すべきか……


 スイーレはそんな風に情報の取引を考えていたが、そもそもパテット・アムニズには取引をするべき理由が想定できない。

 ここまで来て、スイーレたちから何かを引き出す必要があるとは思えないからだ。


 アハティンサル領に着くまでパテット・アムニズの関心は「密室誕生」にしかなかったのである。それがここに来て出し惜しみをするなら――


 スイーレはアルコールではなく、思考によって頬が紅潮してゆくのを感じた。

 

「……まず、この領にはおかしな部分があるのよ」


 スイーレが切り出した。

 これから、そういったことを話し合うのだ、という事が前提条件であったかのように。


「それは誰かが王国への反乱を企てている、とかか? それをスイーレが気付いた?」


 クーガーは先ほど感じた危険を、出来るだけ言語化して見せた。

 スイーレはその指摘に少し顎を引くが、最後には首を横に振る。


「その可能性は否定できないけど、私がおかしいな? と思っていたのは別の事よ。それについてはもう少し待って。まだはっきりしたことがわからないから……何せ相手は帝国で、これ外交上の問題だから」

「帝国?」

「外交?」


 スイーレの言葉は、クーガーとパテット・アムニズにとって想定外過ぎたのだろう。同じ言葉では無かったが、驚きのボリュームは同じだった。


 スイーレは二人を落ち着けるように黙り込み、それと同時に、指先でアウローラに茶を注文する。アウローラにも仕事を与えて動揺を防ぐ狙いがあるのだろう。


「――そう。帝国相手の外交の問題。半年ほど前の大騒ぎも、大きくまとめてしまえば帝国との外交の問題。あれほど大騒ぎになったんだから、そう簡単に収まらないのは道理で、それで私は納得してたんだけど……」


 前回の騒動で、スイーレの視野は確実に広がっていた。所謂、戦略眼という技能を身につけつつあったのである。

 クーガーのそれが直感だとすれば、スイーレのそれは全くの理詰めだ。


「……つまり、今の対帝国の戦略がおかしい、というわけですか?」


 アウローラが、スイーレの思考を言語化する。いつものように。

 するとスイーレは首を横に振った。


「というか、帝国内部にゴタゴタが起こってるんじゃないの? って気はしてる。その影響がアハティンサル領に出てるんじゃないかって考えてるの」

「そんなにおかしい……とは思えないんだが」


 クーガーがスイーレの言葉に異を唱えた。

 それを聞いて、スイーレは嬉しそうに目を細める。


「そうね。これは私の勘でしかないんだけど、今のヤマキって『禍の街』を読んでる感じなのよ」

「わ……なんだって?」

「『禍の街』ですな。古典的名作です。探偵がとある街に流れ着いて、いつしか街の秘密に気付いてしまい――という小説です」


 突然、パテット・アムニズの解説が始まった。

 それを聞いたクーガーは驚愕に目を見開く。


「お前っ……他にミステリー知ってるくせに、それも詳しそうなのに、書いた本があれか?」

「いやいや、知っているからですよ」

「お二方。お嬢様のお話はもうよろしいので?」


 脱線コースに乗りかかっていた二人に対して、アウローラが修正を試みる。

 もちろん、よろしくないのでクーガーが眉根を寄せて、記憶を探り始めた。


「……ヤマキにスイーレが気付くおかしなところがあるわけだな。それで……」

「『禍の街』の内容を考え併せると……この地方の者もまた隠し事を……」


 パテット・アムニズがそれに続いた。

 それは「禍の街」とヤマキを照らし合わせただけの発言であったはず。だがトウケンの言葉がそれに加わると――それだけの発言に「根拠」が出来てしまう。


「待てよ? それでスイーレは北に行ったり……南に行こうとしたり?」

「あなたが『タイシャ』に行ってない事は関係無い……って、言いたかったんだけどね。そもそも、それもおかしな話だと思のよ。だって資料で調べる限り『タイシャ』って、この地方で大事に思われている神殿なのよ。それをクーガーは……」


「その、お説教は何度も聞いた! そもそも、そんなに大事なら誰か教えてくれても――」

「そう! 誰も教えてないの! それだけでこの地方に何か含むところがあるのは確実だと判断したわ」


 クーガーは助けを求めるようにキンモルへと視線を向けた。

 聞いたことないよな? という確認の意図があり、キンモルはそれを正確に理解した上で首を横に振った。確かに自分たちは「タイシャ」に行くように促されてはいない、と。


 スイーレもその二人の様子を確認して、今度はパテット・アムニズに視線を向けてこう告げた。


「――という事で、今のうちに話してくれると助かるんだけど、どう?」

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