スイーレの気づき

 色々あった日ではあるが、食事だけは摂らなければならない。

 ……というわけでもなかったが、パテット・アムニズにとっては今日の報告の必要もあり、夕食だけは昨日同じように摂ることになった。


 基本的にはシーバススズキの煮物であり、昨日よりはアハティンサル領の特色が出ている夕食だった。

 生でなければクーガーも問題なく魚を食べることが出来るので、今回も大人しくパテット・アムニズの報告を聞いている。


 単に食事に夢中になっているだけかもしれないが。


 そんな中で一人、スイーレだけは今晩も刺身というか“あらい”を味わっている。

 ショウブが工夫を凝らしたらしく、寒天で固めた醤油のゼリーを一つ一つに載せ、さらにわさびもそれに載せていた。


 アハティンサル領の“髄”を提供したような形である。箸を使えないスイーレにとっては、食するという観点からみれば親切であり、また脅迫しているような手間の掛け方だった。


 それをスイーレは感じているのかいないのか。

 今度も躊躇いなく、あらいを口に運んだ。そして、わさびの刺激に涙を浮かべながら、それを乗り切ってしまった。


 乗り切ったどころか、おかわりまで要求し、


『生ものは、そんなに食べちゃダメですよ』


 と、ショウブに注意される始末である。今は小皿に載せて出てきた“あらい”と、煮魚、さらに大葉の効いた大根のおひたしを並べて、白濁した酒を呷るという、いっぱしの呑兵衛もかくやという食べ方をしていた。


 こういう状態であるので、玄米を食することもない。

 ひたすらに、つまみめいた料理と酒の繰り返しである。


 そんな風に同じ食卓に居ながら、完全に違う世界観の住人であるスイーレには、クーガーも話しかけづらかったのだろう。

 いや、その前にクーガーは色々やらかしていたので、それが原因であるかもしれないが……


               ~・~


 昨日とは違い、今日は使用人たちを早く休ませるように気を配る必要は無い。

 それどころか、スイーレにとっては待ちに待ったクーガーへの説教タイムである。


 「親衛隊」相手と考えれば、すでに手遅れなのではあるが、一応、代官であるクーガーを慮ってのことであり、庁舎の二階部分にあった、王国風に言うならサロンのような空間で仕切り直しとなった。


 給仕はアウローラ一人が受け持ち、キンモルが護衛。

 そしてクーガー、スイーレ、そしてパテット・アムニズが揃っている。


「しかし主宰は思い切りが良いですな。なかなかの食通ぶり」

「そういう傾向はあるみたいね。スカルペアで生き残ったから、どこか自棄になっている部分はあるんでしょうし」


 説教が始まる前の、曖昧な時間帯にパテット・アムニズが追従じみた言葉をスイーレに向けたのは、昼間、トウケンに聞かされた話に関連している。


 食事の間にクーガーから愚痴半分に聞かされた話では、どう考えてもトウケンが言及していた「大社」という場所に、クーガーたちが行きそうであることが窺えた。


 そこで、何とかそれに同行できないものか? とパテット・アムニズは考えたのである。

 何しろ問題の「大社」は、ふらっと訪ねて行ったところで、話を聞かせてくれるとは思えない場所であることがわかってきたからだ。


 そうなると代官であるクーガーの権威に肖りたい、とパテット・アムニズは判断したわけだ。

 いっそのこと「何かあったようですよ」とご注進してしまう方法も考えたが、これもあまりにもあやふやすぎる。


 やはり先に現場を見ておきたい。

 できれば関係者から話を聞いておきたい、と考えたわけである。


 もちろん――


 そんなパテット・アムニズの動きを気付かないスイーレではない。


 そもそもパテット・アムニズがこういった場所サロンにしゃしゃり出てくることが、スイーレにとっては違和感を覚える部分なのである。

 スイーレの思うパテット・アムニズとは、そういった人物キャラではない。


 そして推理小説ミステリーで考えれば、ここに整合性を満たすための瑕がある、といった状況だ。


 では、その違和感にどういった理由があるのか? と推理を巡らせると、その中心にあるのはやはり「タイシャ」という建物になる。

 明日にはクーガーと共に訪れることは確定といっても良い状態だからだ。


 その建物とパテット・アムニズがどう繋がるのかは全くの未知数ではあるが、恐らくここまでは間違いない。

 スイーレは、そこまで考えて、はたと気付いた。


 ――そもそも、クーガーが「タイシャ」を訪ねていないことがおかしいのでは?


 と。


「……ごめん。ちょっとだけ窓を開けて貰える?」


 酔いを醒ますために、スイーレは無意識に夜の冷気を求めた。今はそこまでではないが、季節的にはそろそろ外気が身体に障り始まる頃合いではある。


「お嬢様、大丈夫ですか? 少しだけですよ」


 そういった事情を飲み込みつつ、アウローラがスイーレの側の窓――それを覆ってきた木枠の窓を少しだけ開けた。


「ええ。少し酔っただけだから問題ないわ。そして、どうもその酔いを醒まさなくちゃだめみたいね」


 投げやりになったようなスイーレの言葉に、クーガーがピクリと反応した。

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