異変の告発
男色、衆道、陰間、等々、男性同士の睦み合いに関係する言葉は色々ある。
しかしそれは、あまり人に知らせるものではない。いや、男女の間でも睦み合いを喧伝することは無いのだから、それは当然のことであるのかもしれない。
問題はそういったパートナーがいることを公にするのかしないのか。
この辺りに、差異があるのかもしれない。
血縁が重視される王国では歓迎できない趣味であり、神聖国では宗教的な禁忌ではあるのだ。
帝国ではそこまでではないが、やはり大っぴらにはなっていない。
ただ、そういう風潮を無視して、男を囲う者もいるにはいるのだが……
『しかし先ほどの説明では、家風を受け入れれば男色家でも良い、という事になるのでは?』
『それはやっぱり、最終的に血を受け入れてこそだからねぇ。それに俺は女の人でも構わないからぁ。結局乱れ放題。近いうちに刺されるんだろうねぇ』
『そんな他人事みたいに……』
何と返事をすべきなのか。
これ以上、踏むこむべきではないのか。
そうやって迷う内に、パテット・アムニズはある違和感に気付いた。
『……それほど手を出さなければ良いのでは? 男でも女でも、相手を一人決めてしまえばトラブルは減るのが道理』
『う~ん、そうなんだけどねぇ。それじゃ困るんだよ。俺の研究は金がかかるからねぇ』
『研究?』
そう言われてみると、パテット・アムニズはこの庵の中に何があるのかは、半分もわかっていないことに気付いた。
本来、一番奥にあるべき「寝室」が玄関から入って、すぐの場所にあるのだ。
となれば、それ以外にあるべき居間や台所はどこにあるのか? いやそれよりも奥に潜めるべきものが――研究?
そこまでは推理できたせいで、今度こそそれ以上踏み込んではいけないな、とパテット・アムニズは判断することが出来た。
そもそもトウケンのプロフィールを調べたかったわけでは無い。
問題は「密室誕生」についてである。
今まで採取できた話によると、どうやら竹から生まれた女児は空に帰るという甚だ不思議な終わりを迎えることはわかっていた。
だが「密室誕生」については、詳しいところはわからないままだ。
最初からそういうものだから、と説明を放棄しているようにも感じられた。
その辺りをパテット・アムニズが説明してゆくと、トウケンも水飴を舐めながら、それでも興味深げに話を聞いていた。
『へぇ……そんな話があるんだ。それは面白い上に、俺の研究と関係があるのかもぉ』
『何だって?』
思わぬところで、話が結びついてしまった。
パテット・アムニズは興奮を隠せない。
『……まぁ、待ちなよぉ。その話は色々な意味で興味深い上に、役に立つよぅ。俺にちょっとの間任せてくれるならぁ、君が必要な話も集めることが出来るかもしれない』
『それは……』
『そこは想像通りだよ。寝物語で語ってもらうのさぁ。なんでもそうだけど、そうやっていい気にさせるのはコツなんだよぉ』
それがトウケンの言う「役に立つ」の意味なのだろう。
今まではどうしてもトウケンの方がいろんな話を主導的に話し続けるしかなかった。しかし「密室誕生」の話ならばアハティンサル領の者が主導的に話をすることになる。
いやそれどころか、主導的に話をするために勝手に色んな話を集めてくる可能性まで見込めるだろう。
それはパテット・アムニズにとってもトウケンにとっても便利であることは間違いない。
しかし――
『それでは、この地が紊乱になることを勧めているような……』
『小説家がぁ、そんなことを気にするのかい?』
『代官の婚約者であるスイーレ様にはお世話になっている。そうなると小説家である前に、あまり不義理はしたくない』
『ふ~~ん』
それを聞いたトウケンは、長く鼻を鳴らすと、水飴の壺に指を突っ込んだ。そしてそれをぐちゅぐちゅとかき回しながら、
『……それじゃあ、こんな話を教えてげるよう。実はねぇ、この地方ではしばらく前に大きな事件があったみたいなんだよぉ』
『事件とは何だ?』
『それがよくわからないから”大きな”事件だろうって話でねぇ。何しろ誰もきちんと話そうとしないのさぁ。よっぽどのことがあったんだろうねぇ』
つまり夢うつつの中でも、寝物語の間でもそれを漏らすことが出来ない、というほどの心理的制約を働かせる事件。
それは納得できる推理ではあるが、それだけで取引材料になるのかは微妙なところだ。すでに
そう考えるパテット・アムニズの表情を見てトウケンは椿色の唇を閃かせた。
『いやいや。場所ぐらいはわかってるよぉ。ここから上の方に、この地方の宗教的な中心地があって、そこに「大社」って呼ばれる建物があるんだよぉ。そこで問題が発生したぐらいはわかってるよぉ。これを代官に伝えてみてもいいし、切り札にしても良いねぇ』
『切り札というには……まぁ、とにかく伝えてみるよ。悪いようにはなさらないと思う』
『俺のことも悪くは言わないでおくれよぅ』
こうして、パテット・アムニズの密度の濃い取材は終わった。本来の目的に合致したものでは無かったかもしれないが、そこに確かに成果はあったのである。
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