流刑地としての在り方
『そんな話は……聞いたことが無いな』
と、パテット・アムニズは自分の知識に照らし合わせて、それを否定した。
しかし、傍証からトウケンの言葉も無下には出来ない――そんな勘がどうしても働いしてしまい、かなり中途半端な返事になってしまう。
『ああ……王国側は俺もよくわからないからなぁ。それにこの地方を開発したのは、多分王国の方だと思うし』
そしてトウケンもパテット・アムニズの言葉を真正面から否定しなかった。いや、肯定していると言っても良いだろう。
しかしそうなると、大きな不思議が残る。
『王国が? だが、この領の民は王国と比べるとあまりにも異質だ』
『そこは確かにねぇ。そこのあたりの詳しい説明はわからないよぉ。色々、想像は出来るけどねぇ。海の向こうからの移住者、なんてのもありそうだなぁ』
『ふむ。確かにそれはあるのかも……』
寝物語のようなトウケンの調子に、再びパテット・アムニズが引き込まれていた。
知的興奮を覚える内容であることも大きい。
『けどねぇ……』
そんなパテット・アムニズを否定するかのように、トウケンは言葉を継いだ。
『帝国がこの地を流刑地として扱っていたのは確かなことだねぇ。何しろ俺がその流人だからぁ』
『君も……いや、この場合、君“も”と言ってしまうのは問題があるのか』
『いいねぇ。さすがに小説家だよぉ。けれど君も感じはしなかったかい? この地方には様々な人種がいる。そうなった理由は海を渡ってきたからじゃあない。帝国から流されてきたんだ』
南方の海洋国家に見られる人種と、このアハティンサル領で会う。
これはかなり珍しいことだ。
その理由を探すなら――
帝国では、海洋国家出身の者たちも実力を示せば高位の官職に就くこともあるという。だがそれは、一歩間違えると帝国内部の権力争いに巻き込まれ、一気に追われる立場になることもあるという事だ。
そして、運よく死罪を免れた官職を得ていた一族は――
『――この地に流されるわけか』
それは確かにありそうな話ではあるし、何よりトウケン自身が「自分も
もはや説得力云々の話ではない。事実そうなのだろう。
『そう。俺も最初はこの地は随分荒れているのだろうと考えていたよぉ。何しろ都落ちした連中がいるんだからねぇ。まぁ、その子孫みたいなものだと思うけど。――で、来てみたらどうだい? この地には、確かに秩序がある。血縁も大事なんだろうけど……』
『むしろそれしかないように思えたが……』
『それは無いよぉ。定期的に異邦人がやってくるんだよぉ? 血縁にこだわっていたら、あっという間にいがみ合いだねぇ。まぁ……結局、血縁以上に重んじられるそれを受け入れなかった者もいるんだろうけどぉ』
そこでパテット・アムニズは目をぱちくりさせた。
『それ? 受け入れる? それは何なのか教えてもらえるのかな?』
確かにパテット・アムニズは興奮していた。
トウケンという人物が、ただ美貌だけの存在ではなく、かなり聡明であること。
それは本来の取材とは違うのかもしれないが、この地方を舞台とするなら、最終的にこういった情報もまた貴重になるだろと。
何しろアハティンサル領に住みながら、異邦人としての視点をトウケンは確かに持っているのだから。
『そうだねぇ……教えるのは構わないし、それが正しいのかは俺もわからないんだけど……』
『いや、十分に面白い。小説家というものはこういう話が大好きなんだ』
『そうかい? ああ、それでも厄介なものでねぇ。何しろ適した言葉が出てこない――「風度」ってわかるかい?』
『フウド……いや知らないな。帝国の言葉はそれなりに勉強したんだが』
『うん、まぁ、あんまり帝国でも使わないかなぁ? そうなると……家風とか、まぁ、伝統とかぁ』
そこでパテット・アムニズは首を捻った。
『家風、という事になれば結局血縁重視になるのでは?』
『うん、だからねぇ。良い言葉が無いんだよぉ。じゃあ例えば、同じ血筋でも全然毛色の変わったのが現れることあるよねぇ?』
『それは……そうだろうな』
『ね? それでも同じ集団にいられるのは、結局血の繋がりじゃなくて、在り方、に共通点があればこそなんだよぉ。だから異邦人がそれを受け入れれば……』
『同士となるわけか。そしてそれは理屈ではなく“そういうものだ”と自然に受け入れる。それがアハティンサル領というわけか』
同じく「ラティオ」に所属するヒストリアが好きそうな話だな、とパテット・アムニズは腕を組んで大きく頷いた。
トウケンの言う事は確かに面白い――と考えたところで、パテット・アムニズははたと気付いた。
『ところで君は? 家風を受け入れているのか?』
そうでなければ、早晩アハティンサル領では生活できなくなる理屈のはずだが……
『ああ、だから俺は生活能力が無いんだねぇ』
パテット・アムニズの質問にトウケンはあっさりと答える。つまり家風を受け入れてはいないという事なのだろう。
パテット・アムニズは、その答えに面食らいながら、
『しかしそれでは――』
『だから、女の人でも男の人でもどっちでもいいのさぁ。俺はそうやって生きてきたから。生活できるようにお世話になる代わりに、気持ち良くなってもらって……そういうのはこの地ではあんまり喜ばれないねぇ』
それを聞いてパテット・アムニズは「そういうことか」と深く納得してしまったのである。
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