庵への訪い

 さて朝早くから出かけていたパテット・アムニズだが、順調に取材を行っていた。

 当人の人懐っこいとも言える性格がその一因であることは間違いないが、何よりパテット・アムニズが帝国語を割と使えることも大きい。


 一年ほど前まで帝国の支配下にあったアハティンサル領であるから、自然と帝国語を使えるようになっていた者が結構いたわけである。

 日常会話のレベルなら、たどたどしくも受け答えが出来た。


 あとはスイーレの言うところの「羞恥心の無さ」が良い具合に働いて、思い切りの良さがあったことも原因に数えても良いだろう。


 さすがに「密室誕生」などという言葉は使わなかったおかげで、この地方に伝わるおとぎ話について詳しく調べているという事は伝わり、かなり多くの断片を蒐集出来たのだから。


 それは後程まとめて、整理して体系化しなければならない事は確かだが、確実な成果と言えるだろう。何しろ、


「やはり現地調査は重要だな」


 と、パテット・アムニズが声に出して呟いてしまうほど順調であったのだから。

 そしてその取材の過程で、何度も出てくる名前があった。


「……トウケン……か」


 続けてそう呟いて、パテット・アムニズは道の真ん中で天を仰いだ。

 通行人が自然と道を開ける。クーガーという特異な存在がアハティンサルの民たちに「王国、やばい」という共通認識を齎している可能性は否定できない。


「よし、順調だし行ってみるか」


 結局、パテット・アムニズは決意を口に出してトウケンに会いに行くことにした。


 話を聞かせてもらった者たちが口をそろえて「竹林にトウケンが住んでいるから~」と話し出し、そのままトウケンの美貌を誉めそやすのである。

 このトウケンについて語りたいがゆえに、積極的にパテット・アムニズの取材に応じていた――と穿って見えてしまえる程に。


 その過程で、トウケンが一人で住んでいるという庵の場所も大体わかっている。

 遠いには遠いが、急ぐ理由もないし、奇観である「竹林峡」のはずれに位置するとなれば観光半分で行ってみるのも良いだろう。


 何しろ、取材を初めてまだ半日も経っていないのである。

 パテット・アムニズの足取りが軽くなるのも自然と言えた。


 そこでパテット・アムニズは自分用の昼食と、トウケンに贈るための手土産を購入すると南へと向かうことになったわけである。


               ~・~


「お、あれだな」


 取材の成果もあって、パテット・アムニズは迷うことなく、南の山岳地帯――その中でも入り組んだ場所にあるトウケンの庵を発見することに成功した。

 そのまま躊躇うことなく庵へと突撃しようとする。


 ――そして、そんなパテット・アムニズを陰から見ている者たちがいた。


 一人はヤマキ族、壮年の男性であるコウシ。

 もう一人は、すっかりクーガーの「親衛隊」となってしまったシショウだった。


 シショウは元々、トウケン監視の役割があったわけで、クーガーに従って練り歩いているのは、実はイレギュラーなのである。

 そういう事情もあって、コウシはシショウに、ひいてはクーガーに良い印象が無い。今回はスイーレの指示もあって、暇になったシショウが監視の当番を受け持ってきたわけだが、コウシにとっては今更だった。


 そういう状況で、クーガーの客分であるところのパテット・アムニズがトウケンを訪ねてゆくとなれば、コウシがそこに裏を感じても仕方のないところだろう。

 だが、シショウはそれを否定した。


『お代官様にそういった裏はないよ。強いから裏が必要ないんだ』


 クーガーの強さは否定しようもない。

 それはコウシにもわかっているので、納得せざるを得ない理屈ではあるのだが、パテット・アムニズはスイーレと共にやってきたという事実もある。


 そこをコウシはシショウに確認する。

 それはトウケンの見張りとしては、必要な心構えだ。だからこそシショウもスイーレについて考え込んだ。


 とは言っても、シショウの知るスイーレとはクーガーからの伝聞である。しかもそれが惚気半分であるので、話半分と考えても良いだろう。

 だが裏が無いクーガーなのである。


 とすれば、スイーレが何やらとんでもなく頭が良いという評価はある程度信頼しても良いのだろう。

 そして自分たち、クーガーを取り巻く若者たちを圧倒する胆力。さらには自分たちを全否定することなく、折衷案をたちまち提供する柔軟さ。


 そういった為人であるスイーレが本気になっているのなら、こういった形でトウケンに接触は図らないのではないか?


 そもそもトウケンに接触を図って何をするというのだろう?

 クーガーがそもそもトウケンに興味がない事は明らかだし、スイーレについては……


『……それで、庵に乗り込むのか?』


 シショウはスイーレについての結論は出さずに、この場でどうするのか? と実務的な部分を確認した。

 そうなるとコウシも「結局、監視するしかない」という結論に着地するしかない。


 そういった二人の視線を背中に受けながら、パテット・アムニズは庵に向けて帝国語で呼びかける。


『少しお話を伺いたいのだが……御在宅かな?』


 パテット・アムニズが帝国語を使った事で、監視二人の緊張が高まったが、もはや手遅れである。


 そして庵の扉が開けられた。

 アハティンサル領の家屋と同じように横滑りの扉である。


 そして庵の主が気怠そうな声と共に現れた。


『懐かしい言葉だなぁ……うん、いるよぅ』

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