クーガーの忘却
かくして引っ張り出された馬車。御者はキンモルが引き受けることになり、クーガーは馬に乗ることになった。
そしてシンコウとソウモは徒歩。もしくは小走り。
別に急ぐ必要もなかったので、以前サジンに案内された場所へとのんびりと向かう事になった。道がしっかりと整備されてはいないので、速度の上げようもなかったわけだが。
『馬には乗らぬのか?』
と、スイーレが馬車の中から「親衛隊」の二人に尋ねることが出来たのも、そういうのんびりとした速度があってのことだろう。
するとシンコウがあっさりと返事をした。
『俺たちは馬に乗れません』
と。
アハティンサル領に乗馬の習慣が無いのか、今までは為政者だった帝国の方針で、アハティンサルの民は馬に乗せない、という決まりがあったのか。
それは判然としないが、その辺りはスイーレが気にかける事では無いだろう。
その後は、クーガーとスイーレによる新居建築の話になった。
意外なことに――というのも変な話だが、スイーレがそれなりに乗り気であったことも、会話を弾ませる理由ではあったのだが……
「良いわね。郊外の家。海辺にあるわけだから、シチュエーションはばっちりよ」
「何のだ?」
「事件を起こすのに、ピッタリって事よ。当たり前でしょ」
「そういう当たり前はいらない」
「それで新築なのよね……ねぇ、コンピトゥムに設計させてみるのはどう?」
「コンピトゥムって『ラティオ』の作家だろう? なんで家作るのに出てくるんだ? 前にそういう仕事やってたとか?」
「それは知らないけど、コンピトゥム、家に隠し通路つけるの大好きなのよ」
「隠し通路!?」
「そう……使い道は思いつかないけど、面白そうでしょ」
クーガーも大概ではあるが、スイーレも大概である。
アウローラはどこかで窘めようと考えていたが、最初からおかしな話であったので、完全に手遅れだった。
幸いと言えば、シンコウとソウモは二人が何を話しているのかわからない、という事だろう。
しかしこの二人が王国語を解するようになれば――
その先に待つのは果たして――アウローラとキンモルは同時にため息をついた。
~・~
以前、クーガーたちが訪れたリーコン河の河口を見下ろせる高台。スイーレもそこに立って、先ほど砂浜を見下ろした時よりも冷めた表情で河口全体を俯瞰していた。
いや、その視線はさらに北へと伸びているようだ。
幸い、この付近はシチリ氏族であるシンコウが詳しい。
スイーレのこの先の地形はどういう感じか? というアバウトな質問にも柔軟に答えることが出来た。
シンコウが言うには、北は全体的に丘陵地帯であり、そういった丘陵の合間に小川が流れている、というような地形であるらしい。
そしてそれらの小川から砂鉄を掬い、それを使って鍛冶仕事をするのがシチリ氏族の仕事なのだと。
そういった鍛冶仕事を行うための薪や木炭は、さらに北部の森林から切り出すことになっているようだ。
それを訳されたスイーレは小さく頷いた。
「大雑把に言えばニガレウサヴァ伯領に近付いて行ってるようなものだものね。繋がっていることが実感できて、良かったわ」
そこで一旦表情を緩めるスイーレだったが、シンコウが知る限る海岸沿いに大きな崖のようなものはない、との言葉に再び表情を失くした。
「スイーレ……一体何だよ?」
そんなスイーレの様子に不安になったクーガーが声を掛ける。
だが、その声を無視するように、スイーレは再びシンコウに話しかけた。
『南はどうなっているか? 南に崖は?』
『それは、ヤマキよりも南って事ですよね……えっと、それだと……』
シンコウの視線が泳ぎながらソウモへと流れた。
こうなると、ソウモも説明せざるを得ない。何しろセンホ氏族はその南に居を構えているのだから。
『ええと、はい。南は崖があります。スイーレ様がお望みの崖かどうかはわからないんですけど』
『それは良い。そこまでは……クーガー」
そこでようやく、スイーレはクーガーの名前を呼んだ。
「お、おう」
「あなた南は? 行ったの?」
「それは……」
「行ってませんね、そういえば。山道ですし、行く用事もなかったように思います」
裏切りとしか思えないタイミングで、キンモルが説明する。
そこで眉を顰めるスイーレ。
「おかしいわね……私が調べた資料では『タイシャ』と呼ばれる神殿があるはずなんだけど。そこにちゃんと挨拶するようにってクーガーにも言ったはずなんだけど」
「あ」
そこで、クーガーは迂闊にも声を上げてしまった。
当たり前にスイーレの目が細められる。慌ててクーガーは言い訳を始めた。
「お、惜しかった! 祭りの時にスイーレから何か言われていたことを思い出しかけてたんだよ。でもその後、腕試し大会だろ?」
「ほほう」
スイーレの声が、低くなった。
そしてはっきりとわかる笑みを浮かべる。
「自白なのか言い訳なのかは、この際どっちでもいいわ。あなたの運命は決まっているもの」
「ちょ、ちょっと待て」
「待つぐらいで良いのならいくらでも。何なら、ずっと待ってあげても良いわ」
――かくして、クーガーは「親衛隊」の前で格付けを決定的に決められてしまったのである。
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