美形の使い方
そこからしばらく「サンセン屋」の前で、ユチカとソウホとの間で口論になった。
口論と言うよりは、ユチカが一方的にソウホを詰っていると言った方が正しい。ソウホはたれ目を白黒させて、何とかなだめようとしていたが、途中から急にユチカに言い返し始めた。
そうすると、その口喧嘩もスイーレたちにも聞こえてくるわけで、スイーレはそこでアハティンサル領にある対立構造と、トウケンという美形の存在を知らされることになった。
「へぇ、美形がいるのね。クーガーの手紙にはそういうのがいるとは書いてなかったわ」
「書いてなかったっけ?」
「さぁ。その確認を私にされてもね」
どこかズレた会話を繰り広げるスイーレとクーガー。
シンヤが何とか言い争いをやめさせようと頭を下げるが、二人はそこまですることは無いと、それを留めた。
このまま話が終わりそうになるが、キンモルはそれでは納得できない。
「スイーレ様。その美形――トウケンの事では無く対立について……」
「知らないわよ。それはクーガーの職分でしょ? それにシンコウとソウホが積極的にいがみ合ってる様には聞こえないんだけど」
「それは……」
「むしろ聞こえてくる、ユチカの美形賛美の方が気になるわね」
一瞬、気色ばむクーガーであったが、すぐに気付いた。
スイーレはスイーレであることを。その点、アウローラの方が眉を顰める。
「お嬢様……」
「だって美形よ? そのまま探偵役にするのがいいかしら? 殺されるのはちょっとありきたりよね。ミスリードに使うのはちょっとフェアじゃない気もするわ」
頭の中身、というかスイーレの成り立ちは
簡単に「美形」だからと言って、ときめくような精神構造は持ち合わせてはいないのである。
しかもこの時、スイーレは「ラティオ」主宰としての計画を抱えていた。
「このアハティンサル領をミステリーの舞台にしてね。それで観光客を行かせよう、とか考えているのよ。その点、美形は使いやすいわね…って事は探偵役にした方が良いのかしら?」
「それ、決めるのスイーレじゃないんだろ?」
「そうなのよね~。作家たちにあれこれと口に出すのは嫌だし。それにネタバレは避けたいわ」
「こちらの領の方々が気の毒になってきました。――伝わってませんよね?」
アウローラが最後に、心配そうにシンヤの表情を窺い、お互いに微妙な笑顔を浮かべ合って、スイーレたちは「サンセン屋」を辞することになった。
当然、店先で行われていたユチカとソウホの口喧嘩も終わりである。
スイーレは二人を黙らせると、「次は海を見たい」とリクエストした。微妙な表情を浮かべるシンコウとソウホには構わずに。
~・~
スイーレが海を見たがったのは、レジャー目的ではない。かと言って、趣味であるミステリー絡みでも無かった。言ってみればクーガーの職分を侵すようなことを考えてのことである。
ではそのクーガーが海辺に出て、視察を行ったかというと、それがまったくなのである。潮風を感じ、それだけで満足していた。
……などというのは言い訳にもなっていない。
実は「刺身」を避けるという、心理的な忌避感が働いていたことが原因である。漁師の仕事ぶりを視察、という事になればごく自然に海産物を代官に提供する流れになることは明白。
危険をいち早く感じ取れるクーガーの異能が、ここでも働いてしまったという事だ。
そのため、クーガーたちは案内役も務めることも出来ずに、ただの通詞としてスイーレのあとをついてゆくみたいな状態になってしまっていた。
その代わり、案内役を務めているのはシンコウとソウモである。
スイーレがクーガーの「愚連隊」もとい「親衛隊」を乗っ取ったような形になったわけだが、それも元々、スイーレの自慢話を繰り返していたクーガーの自業自得とも言えるだろう。
そのクーガーはスイーレにキチンと敬意を柄う二人の姿を見てご満悦だったりするので、これはこれでアハティンサル領の新しい秩序の形になるかもしれない。
そんなスイーレはしばらく、遠浅の砂浜に設置された桟橋と、そこに係留された小舟の様子を眺め、その小舟が沖に出て漁をする様子を眺めていた。
しかし、その表情に変化は見られない。
いや、親しいアウローラには表情が変わらないように、スイーレがこらえているようにも見えた。
『この付近には漁で使う舟だけか?』
突然というタイミングで、スイーレが近くにいた親衛隊二人に問いかける。
すると二人は、顔を見合わせて、表情だけで何か打ち合わせしたらしく、
『実は俺たち、この辺り詳しくないんです』
『シンコウは北の方で、僕は南の方なんで』
と、説明してきた。
スイーレはしばらく無言のまま二人を見つめていたが、今度は先ほど二人の言葉を訳したクーガーに向けて尋ねる。
「他に海が見られるところはあるの?」
「ん? ああ、前は北の河口付近を上から見たぞ」
その答えに納得したスイーレは、次はそこに行きたいとリクエストした。
「んじゃ、馬車を用意させるよ。ちょっと離れてるんだ」
「お願いするわ」
と、クーガーに礼を言ったスイーレは、庁舎の裏手にあたる、低い崖を見上げていた。
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