おとぎ話にミステリー

 昔々、竹を採ることで生計を立てている老夫婦がいた。

 実際に竹を採っているのは老爺の方で、ある時この老爺、光る竹を見つけた。


 この竹は何だ? と近づいて切断してみると、その中にかわいい赤ん坊がいた。

 それが物語の始まりであった。


「……で、続きは?」


 スイーレが連れてきた料理人が用意した、久しぶりのシチューをかき込むクーガー。夕食の席に同席していたパテット・アムニズの話に好奇心を抑えきれずに、先を促す。


 現在、庁舎の食堂で夕食の真っ最中だ。

 スイーレが、取り急ぎやっておかねばならないことを済ませると、さっさと夕食に、という段取りになったわけである。


 早くに食事を済ませるのは、使用人たちを慮ってのことだ。

 代官であるクーガー。その婚約者であり伯爵令嬢であるスイーレ。そしてその客人であるパテット・アムニズの食事が終わらないと、使用人たちが食事も出来ないからである。


 キンモルはその辺り、なぁなぁ、で済ませていたわけだがスイーレが到着したこの日ぐらいはきちんとしようとなったわけだ。


 この早め早めの手配には、旅の疲れを早い就寝によって癒すという意味もあり、それをより安心して過ごせるように、と、キンモルはそこにも気を配らなければならなかった。


 何しろ今まで、クーガーの制御には全く失敗していたわけで、その償い、あるいは失地回復を目論んでのことである。いつも通り、クーガーと同席していないのはそれが理由だ。


 そんなわけで食卓に着いているのは三人だけ。そして食事中に会話を楽しむのもマナーであるのだが、幸い話題についてはパテット・アムニズによる、


 ――アハティンサル領に伝わる魅力的な「密室」


 というのものがあった。


 自然とそれがテーブルに提供されたわけだが、パテット・アムニズの「密室」の説明は、何故か老爺が竹を採るおとぎ話から始まったわけである。


「それがですな。ここからはどうにも散逸してまして。赤ん坊はそれから美しく成長した、はほぼ確定かと思われるのですが、その過程を僕は知りたいと思うんですな」

「ああ、それでアハティンサル領に来て、実際に続きを知りたいと」

「左様で」


 と答えるパテット・アムニズの前には鶏肉の瓦焼きだけがあった。

 どうやら玄米については遠慮したようだ。箸を使えないこともその理由になるだろう。


 上手くゆけば、明朝にはパンが食卓に並べられる手はずになっているのだが、そもそもパテット・アムニズの食生活が乱れ切っている可能性も高い。


 そういった退廃的な雰囲気がありながらも、クーガーの勧める瓦焼きを素直に注文したこともあって、クーガーの機嫌もかなり持ち直している。

 そしてしっかりとした「アハティンサル領に来るべき理由」を説明され、それでクーガーも、パテット・アムニズがスイーレに同行してきたことについては納得しかかったのだが――


「――おい待て。『密室』はどこに出てくるんだ?」

「ですから、その赤ん坊が入っていた竹です。竹の節と節の間は全くの『密室』。つまりこれは『密室殺人』ではなく『密室誕生』!」


 シチューをすくい上げていた、クーガーのスプーンが止まる。

 その口も、開けられたままだ。


 その説明が聞こえたはずのスイーレとアウローラが動じていないのは、先にパテット・アムニズの主張を知っていただけの話で、既に呆然を経験していたわけである。


 キンモルはぽかんとしていたが、そんなクーガーたちの様子に興味をそそられたショウブに、何とかパテット・アムニズの主張を伝える仕事があった。そのために、金縛りには至らなかったようだ。


「……まぁ、そういう事なら勝手に取材してくれ。俺は知らんぞ」


 危うきに近寄らずを宣言して、クーガーは食事に集中することにした。

 実はクーガーがパテット・アムニズに積極的に絡んだのにはもう一つ理由がある。


 スイーレが刺身を食べてしまっているからだ。スイーレは驚いたものの、躊躇せずに、フォークで刺身を突き刺した。そして醬油をつけて口に運んで「美味しい」と言ってしまい、クーガーは全く立場を失くしてしまっていたのである。


 刺身のようなアハティンサル領の料理が供されたことが、ショウブがこの場にいる理由だ。

 キンモルがいることで、言葉の壁についてもさほど問題にならなかった。


『クーガーがそうなら食べた某は偉い。それでよろしいか?』

『ああ、おかしな理屈だがもっともなことだね。で、何を用意すれば良いんでしょうか? だけどお酒はもうダメだよ。私にも怖いものがある』


 そんなわけでスイーレは、ショウブともうこんなやり取りが出来るようになっていた。

 酒もアハティンサル領の白濁したもので、それにもスイーレは躊躇いなく口を付けていた。もともとアルコールは嗜むスイーレである。


 ただ外付け自制心であるアウローラの監視の目が怖くて、折り合いを付けていただけだ。その辺りの苦労もショウブの同情心を誘っているのだろう。


『持ってきた本がある。こちらの言葉に訳してはいるが、不出来かもしれぬ。試しに読んでいただきたい』

『ははぁ、そう来たかい。スイーレ様のお噂はかねがね。わかりました。私に任せてください』


 恐らくはパテット・アムニズの異常な発想に触れたことも影響があったのだろう。ショウブはそれを気持ちよく受け入れ、全体的にはごく穏やかに食事は終わった。


 ――こうしてスイーレのミステリー流布計画は順調に口火を切ったのである。

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