「密室」を求めて
パテット・アムニズの年の頃は中年とまでは行かず、かといって青年とも言い難し、といった塩梅である。髪は灰色で放埓に伸ばされていた。そしてそれに合わせるように、うっすらと無精髭が顔を覆っている。
年が不詳であるのは、この無精髭のせいだ。旅の間、満足に手入れが出来ていなかったのだろう。
そう。それだけでもパテット・アムニズがスイーレたちと共に旅してきたことが窺えるわけだ。
クーガーはそれに我慢できずに、
「誰だお前!」
と、いきなり大声を上げた。今まで、さんざんにスイーレに圧力をかけられていたので、それに対する反発という面もあるだろう。
所謂、八つ当たり、という奴である。
そんなわけであるので、何よりスイーレが全く動じなかった。
「……それ、
「はい。王国通貨が使えますな」
スイーレにそう問われたパテット・アムニズもクーガーの声に動じることなく、粛々と答えている。灰色の瞳も揺らぐことなく、真っ直ぐにスイーレを見つめていた。
今、スイーレが尋ねたのは、パテット・アムニズがつぎはぎだらけのフロックコートの上から、羽織っている雪が舞い落ちる様子を染め抜いた鼠色の着物についてだ。
それは笑いがこみ上げてきそうなほどパテット・アムニズに似合ってはいたが、それはまた別の話になる。
スイーレもそういった気づかいは見せずに、本当に別の話を始めてしまう。
「まぁ……そうなるか。貨幣を鋳造してるって話は無かったはずだし。帝国の貨幣と混ぜた使っているのよね。それについては……ううん?」
そこまで言いかけて、スイーレは思いっきり首を傾げた。
「よく考えたら、そんなの私の仕事じゃないわね。という事で、クーガー。こちらがパテット・アムニズ。『
「え? ああ、そうなのか」
接続詞の使い方がまったくなっていないスイーレの紹介を受けたことで、あてもなく放出されていたクーガーの怒気が少し和らいだ。
スイーレの
だが、紹介された名前がクーガーの脳に浸透していくと、再びクーガーの目尻が吊り上がった。
「……パテット・アムニズ……『星の世界』を書いた奴か!」
「おお! 察するに主宰の婚約者様ですな。僕の著作を読んでいただいているとは」
「自白したな、この野郎!!」
完全に火がついてしまっている。
実のところクーガーはスイーレの趣味であるミステリーも、もちろん受け入れようとした。だが、今は遠ざけている。
それはどんなに頑張っても、謎の解明について作中の探偵に敵わないからである。毎回毎回負けてしまうので、負けず嫌いのクーガーはいつしかミステリーを遠ざけるようになってしまったのだ。
それに加えて、奇書「星の世界」の存在もまた遠因にはなるだろう。
スイーレがすっかり騙されたという「星の世界」である。当然、クーガーが作中の謎を解明出来るはずも無いのだが、クーガーはその謎自体をフェアなものだとは感じなかったのである。
スイーレは、言い方は悪いがミステリーに関してはスレている。そこで「星の世界」についても、余裕をもって整合性の有無などを考慮することが出来た。
ところがクーガーはミステリーに対してはまだまだ初心であった。初心であるからこそ「星の世界」には裏切られた気持ちになったのだろう。
つまりクーガーは「星の世界」を読んでしまったせいで、ミステリーが怖くなり、さらに探偵に負け続けてしまった事で、遠ざけることになったとも言い換えることが出来るわけだ。
スイーレと同じ趣味を持つことを阻まれた――という、いちゃもんレベルの忌避感が「星の世界」にあったわけである。
その元凶たる作者パテット・アムニズが目の前にいるとなれば、簡単に収まるはずがない。
クーガーは一方的に怒り続けた。机を乗り越えないのが不思議なほどの勢いで。
一方、パテット・アムニズはそういう苦情は慣れているのだろう。韜晦半分に「星の世界」の登場人物の裏設定などを披露しつつ、クーガーを受け流していた。
この騒動について、全くわからないキンモルが、同じく後ろに控えているアウローラに身体を傾けて「どういうことなんです?」と尋ねていた。
そうするとアウローラは、
「クーガー様も被害者という事です」
と答えるものだから、彼女自身の「星の世界」への評価も知れたものということだ。そしてキンモルにしてみれば、この作家は
そうこうしている内に、ようやくクーガーの怒りが収まってきたのだろう。根本的な疑問に辿り着くことができたようだ。
「……それで、あんたは何しに来たんだ?」
と、本当に今更ながらの質問をパテット・アムニズに投げつけるクーガー。
パテット・アムニズは我が意を得たり、とばかりに大きく頷き、
「――この領には魅力的な『密室』の言い伝えがありましてな」
と、言ってのけてしまった。
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