販路開拓の企み
そんな風にクーガーたちの失態が、さらに罪深くなったところで、話はさらに具体的に進む。
ミツマが考えるルートを口頭だけで言われても仕方がないため、まず地図を用意することをスイーレは要求した。
「地図を要求」することは、政治的に見れば「アハティンサル領全てを捧げる」という意味合いがあるわけだが、この場では誰も指摘しない。
キンモルは間違いなく知ってはいたが、声を上げる事さえしなかった。
ミツマはそこまでの政治的意味合いがあるのかを知っているのかどうかはわからないが、スイーレの要求には素直に頷いた。
後日、用意すると。
実際、道を敷設するならその報告のためにも地図を用意することは、真面目に仕事をしようと思うなら必須。
それが理由だったのだろう。今のスイーレ相手に曖昧な態度でお茶を濁すことはミツマは選べなかったようだ。
そこで用地の地図の用意が出来るまで、この話はお預けになるかと思われたが、スイーレはまだ止まらなかった。
『某が求めているのは王国式の道。この地にそれを行える技術者はいるか?』
その質問に対して、ミツマが表情を曇らせる。
それはそういった技術者がいない事と、そこまで要求してくるスイーレに怒りを覚えたことが理由だ。
スイーレはそんなミツマの変化に気付きながらも、重ねてこう告げる。
『技術者がいないのならば、王国から派遣させる。馬車での移動速度の確保は某にとって必須だ』
『――それは、我々を王国に組み込むことが狙いか?』
そのミツマの問いかけは、間違いなく思い切ったものだった。現在の宗主である王国への不敬がその問い掛けの根幹にあることは間違いないのだから。
だからこそ、ヘーダは訳すべきか迷う。
しかしこの時、既にクーガーはアハティンサル語を体得しつつあった。「愚連隊」での行動も一助になっているが皮肉だろう。
何しろ、そうやって体得したアハティンサル語によって、クーガーはニュアンスも含めて正確にスイーレへとミツマの言葉を訳してしまったのだから。
そしてミツマの言葉を理解したスイーレとクーガーは、ほとんど同時に、ニヤッと笑みを浮かべる。
それはミツマの発言を笑ったのではなく、自分たちが王国のためになんて積極的に動くはずがないのに、という自嘲が含まれた笑みだった。
もちろん、ミツマはそこまではわかろうはずがない。
スイーレはそれも弁えており、まず第一に、
『それが違う』
と、否定した。
そしてさらに笑みを深めて、
『某は告げた。某はわがままである、と』
と言ってのけた。それが何なのか? とばかりにミツマが不審げな表情を浮かべる。
『は、はぁ……』
『故に道を作れと言っているのはただ某のわがまま。何なら道の使用も某のみにしたいところではあるがそれは面倒ではあるし金もかかる。保全については……後々考慮しよう』
そこからスイーレは、何のために道が必要なのかを滔々と語り始めた。
以前、クーガーもショウブには語ったはずだが、それは与太話の――あるいは惚気話の――類と思われたのだろう。
アハティンサル領において情報の共有化が為されてはいなかったのである。
ところがスイーレ本人がミステリーについて語り、自分が主宰する「ラティオ」というレーベルについて語り、その継続のためには道が必要だと熱弁をふるう。
何しろ要求する本人であるので、その説明は細部まで確かであり、その本気さも確実である。
『……道が必要な理由、理解したか?』
スイーレはこういった説明が必要になることを知っていた。
だからこそアハティンサル語で説明するための練習に時間を割いていたのだ。そしてその努力は実り、
『う、承りました』
ミツマはそう答えた。
その場しのぎでは無く、スイーレの狂気にあてられた形ではあったが、ミツマはスイーレが道を欲している理由を理解せざるを得なかったのである。
そして理解した以上、もはや……
『――道が使えるようになれば、然るべく王国からの商品も入ってくる。今のアハティンサル領の民は、それらを購入できる余裕はありやなしや?』
疲弊したミツマの精神に忍び込むようにして、スイーレが囁くように告げた。
それにギョッとした表情を浮かべるミツマ。
だがスイーレはそれに構わず、語り始めた。
『ミツマにとってはそれは管轄外か? これよりは世間話のような物。構えずとも良い。某としては、道の普請で得られる給金は是非とも「らてぃお」で作った
そこでスイーレは、ヘーダを見遣る。
『実はいくつかミステリーを翻訳したものを持ってきている。これにも目を通して貰う』
それは確かにヘーダの職分であるのだろう。ヘーダとしても頭を下げながら、
「承りました」
と、王国語で答えるしかない。
とにかくこれでスイーレのアハティンサル領における初手は終わった。
暇を告げる、ミツマとヘーダ。そして――
「主宰! いやなかなかでございますな!」
二手目が執務室に姿を見せた。
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