傲慢でわがままな伯爵令嬢
スイーレたちがヤマキに到着したのは午前中であった。きっちりと到着時間を計算していたようだ。よって到着早々、スイーレは一斉に動き始めた。
『――このやり方には問題がある。それは承知している』
帝国の残した庁舎の一室。そこに、やはり同じように残された机。その脇に用意された椅子に腰かけ、スイーレはミツマを斜めに見ながら古めかしいアハティンサル語で切り出した。
『女性である
続けてスイーレは、 そう宣言することで場を整えてしまう。
もちろんこの場にはスイーレとミツマだけがいるわけでは無い。
まず本来なら執務室の主であるはずの代官クーガーが、机の向こう側に腰を下していた。ただし表情は囚人のそれ。
その背後には、真っ当な位置に居ながら、いたたまれない気持ちを抑えることも出来ないキンモルが冷や汗を垂らしながら立ち尽くしている。
誰かに詰問されているわけもないのに、完全に追い詰められていた。
それはスイーレの背後に控えるアウローラが超然とした佇まいを崩していない様子と、あまりにも対照的だ。
そして机を挟んで、スイーレの反対側に戸惑いの表情を隠すことさえできずにヘーダがいる。通詞として呼ばれることは久しぶりなのであるが、久しぶりの職場が完全な修羅場となっている。
それでも仕事はしなければならない。
話すことは可能でも、アハティンサル語を聞き分けるのは、まだ無理があるスイーレを補佐するために呼ばれたヘーダは、畏まったミツマの杓子定規な返答を律儀に訳した。
そしてミツマ一人が呼ばれているのも、ミツマが道の敷設の責任者だからである。
まず理屈を埋める。まさに
『――では、話を進めます。現在道の敷設に関しては何処まで進んでおるか?』
『い、いや、それはですね奥方様。話が難しくなっておりまして……』
話が進むと同時に、ミツマは言い訳から始めてしまった。当然、そこでミツマの言葉は止まる。仕方なくヘーダがそこまでを訳すと、スイーレ、それにアウローラの周囲の温度が下がった。
『……なるほど。先にそこから訂正するべきであった。説明させていただく』
スイーレはクーガーを一瞥だにしない。
『確かに私はここにいる代官の許嫁である。つまり婚姻前という事になるので、私の今の身分は地方貴族の傲慢でわがままなただの令嬢』
続けて行われる、自虐的なスイーレの自己紹介。
しかし、その語勢からは全く謙遜というものは感じられなっかった。それもそのはず――
『だがこれが王家と誼を結び、私が王室の一員という事になれば、さらに傲慢さとわがままに磨きがかかる。選ぶが良い。私は令嬢なのか夫人なのか』
次なる脅迫への前振りとして、自虐的な言葉を並べただけなのであるから。
ミツマはその場で蹲りそうになるのを、何とかこらえて、
『れ、令嬢様で……』
と、声を絞り出した。適した尊称が思いつかなかったのだろう。おかしな物言いになってしまっている。
そんなミツマに、スイーレは耳飾りを揺らしながら笑みを見せた。
『SUYRE、で構わない』
『は、はい。SU……スイーレ様』
『それで、現段階ではどうなっている? 前から代官からもその旨伝えられているはず。用地の購入や折衝、どこまで進んでおるか』
一瞬、緊張を緩めてからの具体的な厳しい追及。
これで「工事はいつから始まるの?」といったような、世間知らずな質問からスイーレが始めていれば、まだ可愛げはあった。
だが、質問内容はかなり実務的だった。
この辺りの厳しさは、スイーレが主宰を務める「ラティオ」所属の作家、スパントの薫陶によるである。世の中をミステリーで学ぶスイーレ。
スパントの道バカに付き合っている内に、自然と「道が敷設されるまでの手順」を感覚的に掴んでしまっていたのだ。
その結果、ミツマは糾弾される犯人よろしく、黙り込むしかなかった。
あとは自白しか残されていないだろう。
だが、この場で問われているのは犯罪では無くて怠慢である。当然、その処置にも違いがある。
『理解した。何も進んでいないと』
まずスイーレは、そう厳かに告げた。
そしてこの時も、クーガーに視線を向けない。
クーガーとキンモルは主従揃って冷や汗をかいており、そんな様子がミツマからははっきり窺えた。そしてそれはミツマの救いにもなっていた。
代官は自分だけを生贄にするつもりはないようだ、と。
つまり、自然と「スイーレはクーガーより偉い」という認識になってしまっているわけだが、この場では誰もそれを指摘しない。
指摘するまでもない事であるのかもしれないが。
『では今から進めることは可能だな? 幸甚な事に今から農閑期である。左様間違いないな?』
『は、はい』
『では。敷設工事の際に手当を出すとなれば、人も集まると思うが如何?』
そこで初めて、スイーレはクーガーを見遣った。道敷設のための資金は自分たちが出す、とはっきり伝えたのか? と、スイーレは瞳だけで確認していたのだ。
クーガーもキンモルも勢い込んで、何度も懸命に頷いた。確かにクーガーたちはそれを伝えていたのだが――
アウローラが思わずため息をついた。
――伝えているのに、一向に話が進んでないのは問題がありすぎるからだ。
と。
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