疑問形の形をした命令
クーガーたち「愚連隊」に向けて大上段で呼びかけたのは、顔の右半分をダークブラウンの前髪で隠した女性だった。
菫色の瞳がクーガーを嘲るように見下ろしている。
身につけている衣服は、しっかりとした柿色のドレス。レースもあしらわれているが、武骨とも思える手袋からは旅装姿のようにも見えた。
そして、何より目立つのはこの女性の耳飾りである。
「
川面を跳ねる鮭をモチーフにして、それがカリチュアライズされている。今の季節に合ってはいるのだが、如何せん大きすぎた。
あまりにも目立っている。
だが、そういった目で見える部分でその女性は「愚連隊」を圧倒しているわけでは無い。目に見えないなにか――心構えや覚悟といった部分で「愚連隊」を圧倒していた。
「――クーガー様。お久しぶりです。随分ご機嫌なご様子ですね。嬉しく思います」
そんな威圧感たっぷりの女性に、日傘を傾けている女性もまた圧倒的だった。
背は高く、細身。ブルネットの髪を短くまとめ、身に纏っているドレスは灰緑色という地味な色合いだが、それは事務的だと言い換えることも可能だ。
切れ味が鋭すぎる能吏――言葉遣いからも、そういった印象になる。かけている丸眼鏡が、雰囲気を和らげる仕事を全く果たしていない。
こちらの女性は皮手袋に編み上げのブーツという、きっぱりとした旅装姿である。
馬車に乗って
いや、会いに来たという優しい表現は適当ではない。
確実に「愚連隊」――というかクーガーを追い込みにかかっている。
良く見れば、この二人の女性の後ろには、諦めたような、それでいて同時に救いの神を見出したような複雑な表情を浮かべるキンモルまで揃っているではないか。
そして耳飾りの女性は、居丈高にクーガーに命じた。
「――こっちに来い」
「いつもなら、ここで私もお嬢様の言葉遣いをお諫めさせていただくところですが、さすがに今日は……」
女性二人は容赦というものを忘れてしまっているようだ。
アハティンサル領の代官であるクーガーを一方的に追い詰めている。
「あ、あの……スイーレ? それにアウローラ? お、怒ってるよな?」
震え声で、クーガーが二人の女性の名を呼んだ。
王国語であるので、シンコウをはじめとして「愚連隊」の面々に伝わるはずは無いのだが、クーガーの様子で今の状況を悟らざるを得なかった。
それに「スイーレ」という言葉の響きはわかる。
つまり、目の前にいる女性のどちらか――ほぼ間違いなく耳飾りの女性の方――が、クーガーが自慢しかしない奥方なのであろうと推測出来てしまう。
そのスイーレが突然、
『おのおの方。今日は解散。処分は追って申し付ける』
と、古めかしいけれどしっかりとしたアハティンサル語で「愚連隊」に命じた。
もちろん「愚連隊」は処分されるようなことをした覚えは無いのだが、一斉に背筋を伸ばして、
『わかりました!』
と返事をして、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。その時、
『アニキ、すまねぇ』
『アニキが自慢するのよくわかりました』
『逃げさせてください』
『また、会いましょう』
と、好き勝手に捨て台詞を残していく。その見苦しさに僅かに矜持を覗かせていた。
もちろん、そんな矜持はさらにクーガーを追い詰めることになる。
「
スイーレが座った眼差しでジッとクーガーを見つめ続けていた。
睨む、のではなく、ただ見つめられているだけであることに、クーガーはより一層危機感を感じ始めていた。
このまま、静かに見捨てられるのではないか?
そんな予感が、クーガーを追い詰めていたのである。
抜群の危機察知能力があるなら、もっと前に――「愚連隊」結成前に、身を慎むべきだったわけだが、それももう遅い。
クーガーの異能に対して、思わぬところで対抗できてしまっている現象を幸いと思うべきなのかどうか。
ただ、この時のスイーレは、
(この子がなんでも避けてしまうことが出来ないのなら、叩いてやりたい)
と、考えていたので、近い将来クーガーの弱点「調子に乗りやすい」を具体的な形にしてしまう可能性はあるだろう。
だが、それは後の話として、今のスイーレにとっては先にクーガーに文句を言うべき事柄がある。
「クーガー。私言ったわよね? 道の整備だけはお願いって。もちろんすぐに完成するとは思ってないわ。でも農閑期に入る今時分なら、測量ぐらいはしてるだろうって。アハティンサル領に入ったら、そういう光景を見ることになるんだろうって」
「い、いや、それは気付いた。俺、忘れてたなって」
「いつ?」
「えっと……スイーレを見たときだな」
つまり、つい先ほどまではスイーレの言葉をまるっきり忘れていたという事になる。
そんなクーガーの答えが返ってくることをある程度は予想していたスイーレは「はぁ~~~」と大きくて長い溜息をついた。
「……わかってると思うけど、言いたいこと他にもたくさんあるから。時間かかるわよ。久しぶりに会えたんだから、きっと嬉しく思ってくれるわね?」
それは疑問形の形をした命令であった。
クーガーはただただ頷くしかなかったのである。
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