消去法で方針を決める
「それがねぇ……ちょっと不穏になってきた」
「不穏? それはそうでは? クーガー様のやりようでは、アハティンサル領が敵に回った事と同じという事なんですから」
ん?
ああ、そうか。
クーガーの「敵になる」宣言から自然に物事を想像すると、そうなるわよね。
ただ、私が調べた限りでは今のアハティンサル領はそんな事にはなってないように推測できる。
その前にあの子の無茶苦茶を前提条件にしなければならないのが業腹なんだけど。
恐らくアハティンサル領は、あの子の強さに圧倒されて、おかしな状況になってるはず。
資料では、強い者には従ってしまう傾向が領全体にあるみたいだしね。
今はクーガーをどう扱えばいいのかアハティンサル領は迷っているはず。
そっけない態度を取るか。それとも強さに敬意を払って改めて歓迎するか。
そういったアハティンサル領の様子は、クーガーからの手紙によって具体的に推測できる――って考えてたんだけど……その手紙が来ない。
まったく、あの子は何をしているのか。
その辺りをアウローラに説明すると、何故かアウローラは芝居がかった手つきで、目元をハンカチで押さえた。
「な、何?」
「つまりお嬢様は、クーガー様の便りがない事を怒っておられるのですね。仕方ありません。何しろ、今までは特に用もないのにお嬢様に会いに来られていたのに、いきなりこんな仕打ちをなさるとは」
い、いきなり何を言い出すんだ、私の侍女は!?
「ち、違うわよ!」
「ですが私、安心しました。お嬢様はそこまでクーガー様をお慕いではないと思っておりましたが、きちんとお慕いされておられたのですね」
「私の説明聞いてた?」
「聞いた上で、そう判断しました」
全力で私をからかってるわね、これは。
私がそう判断してそっぽを向くと、アウローラは短くため息をついた。
「クーガー様がお嬢様の傷の事を話したと手紙に記されていると聞かされた時は驚きましたが……」
「ああ、あれはね。クーガーを褒めたくなったわ、珍しく」
私の右目周囲には酷い傷跡がある。原因は「スカルペア」という伝染病と私の自業自得。
そういう理由で私は右目を隠しているのだけれど、それはこの傷痕を見た人を驚かせてしまうことと、そのあと説明するのが面倒だから。
この傷自体については、私はあまり気にしていない。これは本気だ。
だからと言ってクーガーのように「誇らしい」なんて気持ちにもなれないんだけど。
それでも、この傷痕に関しては私とクーガーの見解はほぼ一致している。
だからクーガーが先に、この傷の事をアハティンサル領の者に説明していることについては、有難く思っているのだ。
「……わかりました。お二方の見解が同じであるなら、私からとやかく申し上げることはありません。逆にお二人の絆を確認できましたことで、さらに安心を深めることが出来ました」
「おかしな物言いにして、私をからかっていることはよくわかったわ」
いつかアウローラとは決着をつける。
……私の生涯において、何度目かの決意を新たにした。
それに比べればアハティンサル領へ向かう決意を固めるぐらいは簡単……なはず。
「――それで、お嬢様。クーガー様の宣言が問題ないのならば、いかなる事柄を不穏と感じておられるのです?」
「そう――そこなのよ」
アウローラは本当に頼りになる。私が決意を先送りにしていた部分を浮き彫りにしてしまった。
クーガーの手紙だけではなんとも言えないんだけど、アハティンサル領は何かおかしな部分がある。ただ、それを私は文章化出来ない。
そんな私の訴えを聞いたアウローラは、
「それですと、やはり……お嬢様が赴かねばならないのでしょう。お嬢様は、クーガー様にあれこれと指示を出すのはお嫌いのようですし」
と、遠慮なしに突き刺してきた。
いやまぁ、嫌いと言うか、これ以上クーガーに指示を出して、それがおかしな結果を生み出すことになってしまったら……目も当てられない。
クーガーがそれで任地と喧嘩別れになってしまうと……私の政略的に困るのよね。
となると、クーガーに指示を出すのではなく、自分で乗り込んで調査するべきなのだろう。
クーガーからの手紙が届かなくなったことも理由の一つになる。
つまり……消去法的に私はアハティンサル領に行かねばならない、という考え方が最も整合性があるという事ね。
「……やっぱり、乗り込むしかないようね」
私は、もう一度決意を口にした。
~・~
そんな風に、延々と決意のループに囚われていても仕方がない。それにこれからの季節、アハティンサル領に行くことは避寒と考えることも出来る――と無理やり前向きになって、東の果てに私は向かう事にした。
様々な書類にやりかけの仕事。もちろんアウローラ以外の同行者も連れて。
そして、アハティンサル領に入ると同時に私は確信した。
あの子は完全におかしくなっている、と。
だから私は、アハティンサル領中央にあるヤマキという街に辿り着いたら、すぐさまクーガーを抑えに行き――
「――おい」
思った以上に低い声が出た。
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はい、一人称はここまでとなっております。
次回から、スイーレ無双をお届けします。
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