そしてスイーレは悪巧む

「……乗り込むしかないようね」


 と、私は自分でそう口に出して決意を固めることにした。


「そうですね。クーガー様のお手紙に記されていたことが本当なら、お嬢様でなければ、治まらないのかもしれません」


 丸眼鏡を曇らせながら、私の言葉に賛同するアウローラ。


「……まさか『アハティンサル領の敵になる』などと言い出すとは……」

「あ、それは全然良いんだけど。というか私の想定内」


 まだ推理小説ミステリーというものが成立する前にカサベーネが記した「事象の小部屋」という小説がある。

 私にとって、あの本はミステリーそのものなんだけど。


 その中で犯人は犯行を実行に移す際に、これから起こるであろう変化を二択に分ける。そして、その二択の片方が起こった場合、人殺しをすることにしておくのよ。

 カサベーネはこれによって、動機の発生責任は犯人に帰するか? なんてことを問いたかったようだ。


 ――まぁ、それは深く考えなくても私には面白かったんだけど。


 で、私がやったのはこれと同じ。


 クーガーに「敵を作れ」とだけ言っておいて、その結果を受け止める。

 統治の基本である「分割して支配せよ」をあの子がいきなり悟っても良し。


 今回みたいに「自分が敵だ」となって、アハティンサル領を呆気に取らせるのも良し。


 ……まぁ「自分が敵だこっち」の方になるだろうとは思ってたんだけどねぇ。


 前回の騒動で私は勉強したわ。

 クーガーのやり口と、その無茶苦茶さを。だから計画を立てるにしても、それを包み込めるような冗長性のある計画を立てておかねばならないと!


 机上の空論を成立させるためには、これぐらい用意周到であるべきってことね。


 そんなわけで、アウローラもすぐに私の目論見は理解してくれたみたい。付き合い長いからなぁ。

 そして理解の次に、当然とも思える質問をしてきた。


「では、お嬢様はアハティンサル領に行かなくてもよろしいのでは? 王家の方々とはそういった約束なっておられるようですが、要はクーガー様が納得しておられれば、別にお嬢様が向かわなくとも……」

「うん。それも考えてた」


 神聖国は私とクーガーが揃って自分たちとの国境近くにいることを嫌がっているわけだから、クーガーが東の果てのアハティンサル領にいるこの状況なら「すでに約束を果たしている」と強弁できる。


 そしてアウローラが考えている理屈は、


「正式に結婚していないのに、婚約者の任地だからと言って、それに付き合う必要はあるのか?」


 というあたりだと思う。

 貴族同士だから――そう言えばあの子は王族になったわけだからなおさら――結婚するのも簡単ではない。


 しっかり挙式を挙げて、それを王家に報告しなければならないからだ。

 半年ぐらいで準備が整うというものではない。


 それに私たちの婚約はいったん取りやめになって、その後、様々なパワーバランスが働いた結果、再び婚約することになったという経緯がある。


 ……私が苦労して計画を立てているのも、王国がおためごかしみたいな人事をしているのも、あの子があまりにも異常だからだ。


 何だあの無茶苦茶さは。


 その無茶苦茶なクーガーが大人しくなって任地に赴くのも、私がアハティンサル領に同行するという前提があるからで……概ね元凶はクーガーだ。


 だからクーガーが納得していれば、私はアハティンサル領に向かう必要がなくなる。アウローラが言っているのはそういう理屈だ。


「では、行かなくても……」

「行く理由としてはまず、色々準備してきたからそれが無駄になるのは忍びない」


 さらにアハティンサル領行きを止めようとするアウローラ。それに対して行く理由を並べることで、私自身も何とか納得しようという試みである。

 言葉にするって大事。


「それは……そうですね。お嬢様は大変努力なさっていました」


 なにしろ反対であったはずのアウローラの勢いが、それだけで小さくなってしまうほどなのだから。ただ、そう言われると……なんだかさらに虚しくなってくるわね。


 私が行ってきた準備とは、まずアハティンサル領についての情報集め。湖の宮殿に蓄えられているような四角四面の報告書はもちろん。それと併せて、アハティンサル語の習得に努めたわ。


 これは報告書が良いテキストになったわね。……あの子は私の狙い通り、現地で順調に言葉を覚えつつあるみたいだけど。


 そして民間でのアハティンサル領に関係のある書物集め。これはいつも通り趣味と実益を満たすためね。


 ……その過程で、思いもよらぬ幸運が舞い込んできたわ。妃殿下にも、いい知らせが届けられればいいのだけれど。


 そしてニガレウサヴァ伯爵夫人殿下との交渉。

 クーガーの養母であるので、それが理由で私が挨拶に行ったと思われている事もまた幸いと言えるかもしれないわね。


 殿下は、もともと私の計画とほぼ同じ計画を考えておられたようで、この交渉も上手くいった。具体的な部分は殿下にお任せしなければならないことが多すぎるからね。


 ……計画は同じでも、殿下と私では目標が違うんだけど。


 だから湖の宮殿行ったり、ニガレウサヴァ伯領に行ったり、今いる「ラティオ」の執務室に戻ってきたりと、一番大変だったのはこの移動なのかもしれない。


 そしてそれらの計画は概ね上手くいったわ。つまり、私がアハティンサル領に乗り込むための準備は整っている……わけになるんだけど……

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