無軌道になりかけの若者たち

 収穫祭からおよそ一月後。

 つまり、クーガーによる大乱闘から一月後である。


 それだけの時間経過でアハティンサル領がどうなったのか?

 まず秋が深まり、涼しさを超えた肌寒い気候になったこと。秋の恵みが食卓を彩り始めたこと。


 そして――


『アニキー! 今日は北の方に行きませんか?』

『おう! 肥えたイノシシが見つかればいいな!』

『さすがアニキ! 話が早いや!』


 クーガーはアハティンサル領の若者たちとつるむようになってしまっていた。

 つるむ以外は、はっきりとわかるような迷惑をかけているわけでは無い。


 しかし、若者が集団になってウロウロしているだけで、それが持っている暴力の圧によって、思わず眉を顰める者がいることも確かだ。

 それに、この集団。やたらに得物を誇示しながら練り歩くのである。


 今までは、クーガーたちの目から隠すために、一般的な剣なので誤魔化していた。

 しかし、それがクーガーたちにバレバレだったことが判明し、遠慮とか自重が無くなったのである。


 これでは言い訳のしようも無いほど、物騒である。

 その上、身につけている衣服にも工夫を凝らして、派手に、そして剣呑にしている。


 こういった服装の“はしり”は、収穫祭の時のクーガーの出で立ちであったのだろう。まず普通に服を身につけて、その上から染付された長衣を肩から羽織るだけ。

 さらに細い鎖や飾り紐で、それを飾り立てる。羽根飾りをつけている者までいた。


 こういう集団が近付いてくれば、思わず道を譲ってしまうというものだ。この辺りの反応は王国でもアハティンサル領でも――恐らく帝国でも神聖国でも同じに違いない。


 そしてその集団の中心にいるのは、クーガーなのである。

 厄介なことにクーガーは代官でもあった。つまり公式に文句をつけることも難しい相手なのである。


 そしてその脇を固めるのは、シンコウとシショウであった。

 完全に親衛隊となっている。その背後には銃を背中に担いだソウモである。一番物騒な見た目と言えば、確実にこのソウモだ。


 銃も物騒ではあるのだが、何よりソウモの上背が尋常では無い。

 それが威圧感を高めているのだ。


 そしてこの四人の周囲には、同じ世代の――クーガーも確かに同じ世代ではある――若者たちがいて、周囲の目を気にせずに大声で笑いあっている。


 これは、どう言葉を選んでもただの「愚連隊」である。


 幸いにして、今日の彼らの予定では北の丘陵地帯、その奥にまで向かい、狩りの予定ではあるようだ。

 そういった活動は、完全に領に貢献する活動であることも「愚連隊」の厄介なところ。


 そのためにキンモルは自分の立ち位置がわからないままに「愚連隊」と行動を共にしたり、ミツマたちからのはっきりしない要望を受け付けてみたりと、右往左往している。


 つまりキンモルは被害者。それだけははっきりしていると言えるのかもしれない。


                 ~・~


 そんな「愚連隊」が出現したものの、アハティンサル領全体で見れば、それはそれで一つの秩序が成立している、と言い換えることも出来るだろう。


 新しい代官によって、アハティンサル領の若者が懐柔された、という考え方は、同時にアハティンサル領が、王国の新しい代官を取り込んだ、とも言えるからだ。


 確かに、振る舞いには眉を顰めることも多い部分があるが、言ってしまえばそれだけのことであり、具体的な被害は無い。

 それどころがアハティンサル領の経営はアハティンサル領の民に任せる、という最初の宣言通りに、その辺りにクーガーが口を出してくることは無い。


 最初に、クーガーが代官として要望を出していた「道の敷設」に関しても、あれ以降口の端に乗せることさえ無い。本気で忘れている可能性もある。


 では、クーガーが「ぼんくら」なのか? と問われれば収穫祭で見られたように、戦闘力だけは異常な程であることは明らかだ。

 これでは迂闊に怒らせるようなことも言えない。


 結果として、アハティンサル領は全体の方針として「クーガーには触れない」という事になった。それでも大過なく過ごすことが出来るほど領は安定しているし、前から抱えていた懸念の方も、動きは見せていないからである。


 だがそれは、一年以上前のアハティンサル領を思い起こしてみれば、現在は明らかにおかしくなっていると言い換えることも出来る。

 そして、クーガーはそのおかしさに気付いていないようなのだ。


 そうとなれば、このまま何とかなるのでは? と、心が易きに流されることもまた人情と言えるだろう。


 だからこそ今日もまた愚連隊は徒党を組んで、寂しさを見せる田の跡地を練り歩く。特に目的もなく、クーガーを先頭にして、あてどもなく。


『アニキ。あれに見えるのは“バシャ”って奴じゃないんですかね? 何台も並んでます』


 そんなとき、ソウモが前を歩くクーガーの背中に声を掛けた。


 その瞬間――


 背中越しでもはっきりわかるほどに、クーガーの全身がひきつった。


『バ、馬車だと?』

『はい。俺、目は良いんで』


 クーガーも狙撃手であるソウモの視力を疑ったりはしない。それに何より、ソウモの上背の高さがその証言を後押ししていた。


 つまり、馬車は存在しているのだ。

 この領に。王国では珍しくもない馬車が。一団になって。


 クーガーは冷や汗を流す。

 すぐに思い当たったからだ。そういった馬車がアハティンサル領に現れる理由を。


「――おい」


 そして、その「理由」が、大上段で代官であるクーガーに向けて声を投げつけてきた。


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というところで前半一段落で、次回は久しぶりのスイーレ一人称です。


ただ一人称なので、この話だけ読んでおられる方にはスイーレたちがどういった見た目なのかは全く説明しないまま話が進みます。


それは困る、という方は前作「目指すは完璧な机上の空論~打ち破るのはいつもあの子~」での記述が三人称になるまで目を通していただければ幸いです。(単に姑息)

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