戦慄の穭田
――シンコウが負けた。
それが周囲の者たちの心に浸透するまで、しばしの時間が必要だった。
誰よりも早くその事実を受け入れたのはシンコウ自身であり、そしてそれを誰よりも早く反発したのは……
『お、おかしい! 野太刀を用意させて、それを使わせないのは!』
キンモルが銃使いとして名前を挙げたソウモである。紋様から見て取れるように、センホ氏族らしく大きな身体。それはどうかするとシンコウも上回りそうな巨体である。
今までは周囲を囲む参加者たちの中に身を屈めて大人しくしていたようだ。今は身体を真っ直ぐにして、クーガーを睨みつけていた。
ソウモは信じられないほどのたれ目であり、髪は短く刈り込まれている。そう言った朴訥な印象を与える若者であったが、この時の表情は昏い。
彼もまたシンコウと同じ若手の注目株でもあるわけだが――
『お前は銃が得意。だからお前と戦う場合、俺はお前に銃を撃たせない。これは当たり前。シンコウの剣も同じ。使わせない。それが手加減無し、と同じ』
クーガーが即決で勝負を決めた理由を説明した。そしてソウモはそれに反論することが出来ない。
クーガーの言っている事はもっともなことであるし、それに戦いが始まっているのに、野太刀を振らせなかったのはずるい、などという理屈は、何よりアハティンサル領に存在しないからだ。
これは戦士としての誇りに関わる問題でもある。
『……ソウモ、もういい。俺は負けた』
だからこそ、シンコウも自ら“負け”を口にして、クーガーに木剣で打たれた肩口を抑えて立ち上がった。野太刀はその場に突き刺す。
そして、クーガーに向き直ると、しっかりと頭を下げた。
クーガーはそれを小さく頷くことで受け入れると、今度は周囲を囲む参加者たちへと視線を投げてこう告げる。
『これで終わり、では無いだろう? ――シショウ、どうか?』
クーガーは次に戦う相手を指名した。クーガーの強さを理解できないままだった参加者たちの視線が、逃げ道を探すように、名前を呼ばれた男に集中する。
そんな視線に押されるようにして、小柄な若者が一歩前に出た。
『……どうして俺を?』
小柄な若者の名はシショウと言った。ヤマキ氏族の衣服に身を包み、髪はアハティンサルの領民としては、ごく普通にひっつめていた。
容貌もさほど特徴がある感じではないが、目つきにだけは確かに険がある。それは若さの表れであるのかもしれない。
ただ、腹だけは恰幅がよく、その辺りは若者らしくは無いのだけれど。
『シンコウと近い年と聞いている。だから俺の言葉に怒っていると考えた。そして俺はお前たちの敵になると決めている。お互いに都合が良い』
『それも本気なんスね……』
『ん? ああ、ちゃんと敵になってやるから大丈夫だ』
それが会話になっているのかどうか。そこが、あやふやになったのは、クーガーのアハティンサル語が拙いせいばかりでは無いだろう。
原因は言葉では無くて、クーガーの存在。
――クーガーは確かにズレている。
そう周囲が確信した瞬間――シショウの身体がズレた。
音もたてずにクーガーの懐に侵入すると、右手をクーガーの脇腹に差し込もうとする。その手元がよく見えない。
その右手に凶器が仕込まれていた場合、クーガーは致命傷を負うことになるだろう。
当然、そのシショウの右手は木剣で弾かねばならない、という「義務」が発生する――はずなのだが、クーガーは平然とその右手を、左肘でガードしてしまった。
そして、シショウが左手に隠し持っていた短刀を自由なままの木剣で弾く。その動きを延長させて、呆然として動きを止めていたシショウの頭にそれを振り下ろした。
『げひゃっ!』
シショウは一声発すると、その場に倒れてしまう。
今度も、周囲の理解が追い付く前に勝敗が決してしまった。
無茶苦茶である。クーガーはまったく無茶苦茶である。ただそれだけを理解して。理解してしまったからにはきっちりと恐怖して――
参加者全員が一斉にクーガーに殺到した。恐怖から逃げ出すために。
「よぉーーーし! 面白くなってきやがった!!」
クーガーは歓喜の声を挙げて、そんなやけっぱちになった群れに突撃する。
突撃すると同時に、二人が強かに腹を突かれて弾きとんでしまった。
それでも恐慌状態の群れは収まらない。我先にと逃げ出すようにクーガーに襲い掛かった。
そう。
この時、クーガーの宣言通りに「クーガー対アハティンサル領」の構図が完成したのである。
そしてその結果は――
~・~
赤い夕陽が、稲を刈り取られた跡地を叙情的に染め上げている。
しかし、そんな雰囲気を裏切るように周囲は殺伐としていた。
怪我人の山。地を這うような呻き声。そしてその中央で、
「わっはっはっは!」
哄笑を響かせる、白い髪でふわふわ頭の若者がいた。黒い瞳には、歓喜だけが輝いている。
そう。クーガーの勝利である。
つまりアハティンサル領が言い訳もしようもないほどに敗北したのである。
そんな光景を見ながら、キンモルはホッと胸を撫でおろしていた。
『良かった。思ったよりは酷いことにならなかった。銃は直しておいてください』
その言葉を聞いた、ミツマ、遅ればせながら銃を持ってきていたホウク、それにようやくのことで現場に駆け付けたシチリが呆然と、夕陽に染まった「戦場」を見つめる。
そしてキンモルの言葉を咀嚼して、それでも飲み込めず――
――ただただ、こんな二人をよこした王国に戦慄していた。
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