ソシオ城の悪夢、再び

 稲の刈り取りも終わり、風にも涼しさを感じ始める頃――


 アハティンサル領では収穫祭が行われる。稲穂も全て刈り取られ、寒々とした田の跡も、祭りの間はどこまでも賑やかなものだ。


 各氏族が演奏と踊りを披露し、秋の豊かさを感じさせる出店の数々。いや、出店だけは無く、しっかりとした店を構えている各店舗も大売出しの構えだ。


 それは冬に備える意味もあるのだろう。

 そして冬と言えば農閑期でもあり――つまり、アハティンサル領の兵たちが訓練に精を出す時期が来たという事だ。


 収穫祭の目玉として、各氏族による腕試し大会が開かれるのは、そういった訓練に先駆けての意味が大きい。

 帝国の支配下にある時でも、この腕試し大会は開催されており、これを中止させることは統治に重大な問題を発生させる――という政治的判断が行われていたのだろう。


 当然、クーガーも大会を中止させよう、などとは微塵も考えなかった。

 それどころか、その真意は全くの逆――


              ~・~


 いやな予感を抱えたままのキンモルを引き連れて、クーガーは各儀式や催しに顔を出しつつ、生魚以外の料理を堪能する初日。

 センホ氏族が中心となって、祭祀関係の奉納なども行われる。


 そういった儀式に関してはセンホ氏族の専門であるため、山から神官――クーガーたちの認識では「神官」という呼称になってしまう――が降りてきて舞いを披露する。


 その舞の中央にいるのは女性、というか少女であった。

 着ている衣服は、他の領民たちとさほど変わらないが、少女だけは白い布地を覆い隠すような、赤い紋様で彩られたコートを上から羽織っている。


 その紋様はセンホ氏族が袖口などにあしらっている紋様に、色も形も似ていた。

 いや、元は少女が羽織っているコートなのだろう。センホ氏族が身につけている紋様は、その真似をしているだけ。


 見れば少女を中心として、左右に分かれて集団で舞っている者たちが羽織っているコートは、ヤマキ氏族とシチリ氏族が身につけている、紋様に似ていた。


 ――それらには何かしらの由来がある。


 と、確信するに足る光景であった。


 キンモルはそこで違和感を持つ。舞いの奉納を見る限り、センホ氏族が無下に扱われることは無いのではないか? と感じたのである。

 つまり自分でクーガーに具申しておいて、それと真逆な感触を得てしまった事に違和感を覚えたわけだ。


 それについてクーガーはどう感じているのか? とキンモルが視線を向けてみると、タイミングよくクーガーはボソッと呟いていた。


「……スイーレに何か言われていた気が……」


 それを聞いてしまったキンモルは、二進も三進もいかなくなる。

 「敵を作れ」と同系統の指示が出ていた場合、自分感じた違和感を無視することになってしまう。それは不忠ではないのか? と迷宮に入り込んでしまったのである。


 そうやってキンモルが悶々としたまま一夜を過ごして、腕試し大会当日である。

 こういった腕試しもまた、奉納の意味があるということで、最初は実に形式ばって進んだ。


 代官であるクーガーも、当たり前に腕試し大会の視察に訪れている。

 今まで、若者の――世代的には自分と同年代であるのだが――訓練には顔を出し、視察を繰り返していたこともあって、クーガーを見遣る視線にもそれほどの異物感は無かった。


 特に最近は、アハティンサル領の前合わせの着物を羽織ることが多かったために、それもまた好意的に見られる理由ではあるのだろう。


 今日も腕試し大会という事で、王国風の軍服の上から、鷹の絵を染め抜いた着物を羽織っている。そして挨拶を行うために、急ごしらえの壇の上で参加者を見渡していた。


 稲刈りを終えた水田の跡地を渡ってきた風が、クーガーが羽織る着物をはためかせている。


『今回、俺は決めた。――俺が敵になると』


 そんな絵になる光景の中で、クーガーは出し抜けにそんな事を言い出した。

 あっという間に上達したアハティンサル語を使って。聞き間違いようもなく。


 だが、それは聞き間違いなのだろう、と参加者の全員が思いを一つにする。

 それほど脈絡のない発言であり、意味がさっぱり分からない発言だったからである。


 この場にいる者の中では唯一、キンモルだけがクーガーの発言を理解できる糸口を持っていた。

 持っていたがしかし、その糸口がすでにこんがらがっているので、そこから解きようがない。


 そんな風に、この場にいる者、全員が呆気にとられる中で、クーガーは話を先に進める。


『腕試し大会で、俺が全員の相手をする。それがこの領のためになる。俺が敵になることで良い結果になると言われていて、考えてみればそれはそうだな、という事になった』


 キンモルは「またか」と、頭を抱えたくなった。

 今度もまたクーガーはスイーレの忠告を超解釈して、とんでもない結論に辿り着いてしまったのだ。


 それこそがキンモルのいやな予感の正体であり、前回はこういった超解釈によって二人だけで城を陥としてしまったのである。いや実質はクーガーだけでだ。

 キンモルとしては、あんな無茶苦茶、二度とごめんだ! というわけであるが、既にクーガーは口火を切ってしまっている。


『……それ、どう意味だ?』


 参加者の一人が声を上げた。クーガーと同じ若者であり、その若者の中でも、背が高い黒い肌の若者。


『お前らは弱い。そういう意味だ』


 クーガーはその若者――シンコウの疑問に答える。

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