センホ氏族の囲い者?
ユチカという女性を紹介するにあたって、まず何から始めれば良いのか。
職人、とシンヤから紹介されたので、まずは「サンセン屋」においてどういった役割を持っているか? についてになるだろう。
ユチカは、言ってしまえばデザイナーである。布地に描かれる絵柄や紋を考えだして、それをどういった色合いで染めるか? と言った仕事の分担も決めるという役どころであった。
それだけを聞くと、結構な年配であることを想像してしまうが、実のところそこまで年嵩ではない。「嫁き遅れ」という揶揄が、まだ揶揄でとどまる辺りの年代であるようだ。
ただ、それにはユチカがどうかすると「幼く」見えることも大きな理由になる。ユチカはヤマキ氏族であり、小柄であった。そして真ん丸な目。
アハティンサル領の民の年齢が見た目からよくわからないクーガーたちから見ると、最初は「子供が来た」と確信するほどである。
しかしながら、ユチカの仕事ぶりがわかる何本かの反物。それと理路整然と――と思われる雰囲気――行われる、デザインの狙いなどを聞いていくうちに、すっかりユチカを「職人」として、クーガーたちは信用する事となった。
特に、簡略化された蝶や小鳥の姿がデザインされていることで、キンモルが気付いた。
「これ……もしかするとスイーレ様の耳飾りと揃えたら、いい感じかもしれません」
そんなキンモルの言葉は、実に珍しいことにクーガーに対して効果的な奇襲を浴びせることになった。呆気にとられしまったクーガーは、臣下であり部下でもあるキンモルに正面から向き合い、
「キンモル」
と、短くその名を呼んだ。
「は、はい」
「それ、俺が思いついたって事にしてくれないか?」
なんとも情けない主君の下命。キンモルは色々と投げ出したくなったが、本当にどうでも良いことであったので、その栄誉を主君に譲ることにした。
それにクーガーに貸し一つと考えるなら、悪い取引ではない。
そして、そのやり取りを途中まで半端にヘーダが訳していたこともあって、ユチカが「スイーレの耳飾り」に興味を示した。
それに考えてみると、隠し通すならシンヤとユチカにも黙ってもらわなければならない。
そこで二人は「スイーレの耳飾り」について、説明することになった。スイーレは装飾品として耳飾りを愛用しており、それはアハティンサル領の布地のデザインに通じる造形である――といったあたりまでは、和やかに話が進んだのだが……
『あ、えっと……Take? そういった絵はあるか?』
と、クーガーが片言ながらユチカに話しかけると、一瞬にしてユチカの顔に怒りが満ちた。
クーガーにしてみれば奇観で知られる「竹林峡」をデザインしたものも、きっとあるのだろう、という軽い思い付きであった。
そしてそれは、そんなに見当外れでは無いだろう、と今まで紹介されたデザインからもあたりを付けた発言だったのである。
だからこそユチカの反応は、全くの予想外だった。
『……お代官様にセンホ氏族を認めるような絵柄は勧められません』
『これ』
『だってあいつら、トウケン様を囲ってるんですよ!? 信じられません!』
そして、ユチカとシンヤとの間で口論が発生してしまう。
こうなるとクーガーにもキンモルにもさっぱりわからない。聞き取れない以上に、聞いたことが無い名詞が頻出するからである。
そこでヘーダに伝えるように頼んでみると――
――センホ氏族が居を定めている南には確かに「竹林峡」がある。ただ問題なのはその「竹林峡」に差し掛かる場所に帝国からやってきた「トウケン」という男が住み着いていること。
「……なんかマズいのか?」
「それが、驚くほどの美形でして。熱を上げている女性……まぁ、女性ですね。それをセンホ族が独り占めしていると」
「実際そうなのか?」
「センホ氏族としては、言いがかりと主張するしかなく……」
ヘーダ自身もセンホ氏族であるから、通詞としては難しい立場なのだろう。
それはシンヤも同じような立場であるらしく、センホ氏族への恨みつらみを抑えよとしないユチカを何とか諭している、という事らしい。
大店の主人としては、あらゆる意味で選り好みをしていては務まらない、という事なのだろう。ヘーダは訳しながら、そんな風なフォローを入れる。
ただ、それを逆に考えれば――シンヤもまた、本音ではセンホ氏族を面白く思っていないという事になるわけで……
~・~
そうやって「サンセン屋」を後にするときには、すっかり周囲は朱に染まっていた。いや、朱に染まってくれたからこそ、クーガーたちも「サンセン屋」を辞するきっかけを掴むことが出来たというべきか。
「……なんか最後の最後に、えらく疲れた」
「……同意ですから、今日は夕食を素直にいただいてください」
「『刺身』だけは嫌だぞ」
「多分……大丈夫ですよ」
などと疲れた主従が、くたびれた会話をしながら帰路についた。
なかなかに有意義な一日であり、それだけに疲労も本物だったのだろう。
――その晩、二人は泥の様に眠り込んだ。
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