衣服の事なら「サンセン屋」へ

 再びヤマキ中央、庁舎近くまで舞い戻ってきたクーガーたちは馬を預けて、再び街に乗り出すことになった。

 何やらバタバタしている印象だが、思いついたからにはさっさと済ませてしまおうという心持ちであるようだ。


 幸いというべきか、陽はまだ高かった。むしろキンモルが心配したのは、ヘーダが案内してくれる店が開いているのか? という問題だ。

 何しろこの領、本気で午後から休んでいる。田仕事はそうでもないのかもしれないが、そちらも午後は体力的な問題で休んでいる可能性は高い。


 つまりキンモルは「午後に休むのは正義」というアハティンサル領の風習に、頷くところを見つけてしまっているという事になる。

 だからこそ、帝国の役人にも衣服を収めていたシンヤという男が仕切っている「サンセン屋」に無事迎え入れられたことで、キンモルは大げさに胸をなでおろしてしまった。


 とは言っても、代官からの要望である。店先で立ち話で済まそうとなるはずもなかった。「サンセン屋」という店は建物自体も大きくて、クーガーが、


「こういう感じので良いんだよなぁ。周りがこれほどごみごみしていなければ」


 と、漏らすほど立派な造りの店である。

 いわば目抜き通りにある大店といった風情を備えているわけだ。


 だからこそ要人を迎え入れるための部屋もしっかり確保されていた。それも帝国の人間を歓迎するための部屋であるので、椅子とテーブルが揃っており、それはそのまま王国出身のクーガーたちにとっても有難い仕様である。


 二階に案内されたクーガーたちはお茶を供され、部屋の中の贅を凝らした――クーガーたちには、その仕事ぶりがあまり伝わらなかったが――調度品を眺めていると、シチリ氏族の衣服の特徴を備えた男が現れた。


 ひっつめるほど、頭髪は豊かではなくなった初老の男で、その敵討ちかのように髭は丁寧にあたっている。

 身体は大きく太り肉であるので、センホ氏族のようにも見えた。


『――お待たせしました。普段着をご用命とか』


 そして挨拶もそこそこに、クーガーたちの要望の話を先に進めようとした。かと言って愛想が悪いわけでは無く、話が早い、というタイプのようだ。

 要するに、シンヤはクーガーが好きなタイプでもある。


 とは言っても今回、この店を訪れた理由を主導しているのはキンモルだ。

 やがてクーガーよりもキンモルが中心になって、シンヤと話を進める事となったのは自然な流れと言えるだろう。


 その中で、キンモルは要望通りとはいえ普段着だけを数着用意するだけ、という注文に、にわかに恥ずかしさを覚えてしまうも、あるいは仕方のないことかもしれない。


 キンモルの感覚ではどう考えても、話が大きくなりすぎているからだ。

 こんな大きな店に頼むようなことでは無いし、こんな風に特別室に招き入れられる事もまた大仰すぎる、と。


 そこで、ヘーダに「少しだけの注文であることを、何とか謝ってくれ」と無茶振りした結果、シンヤはそれを頷きながら聞いていく中で、


『では、お代官様の奥方様に向けてのご注文をいただくというのはどうでしょう?』


 と提案してきた。

 すでに「奥方」という単語を聞き分けることが出来ていたクーガーが、即座に反応する。そしてそのまま、


「よう? 何だって?」


 と、即座にヘーダに問いただした。

 するとスイーレ向きの服を新たに注文するのはどうか? という話であることを理解する。


 するとクーガーの眉が曇った。


「……どうして、あっちでもこっちでもスイーレの話になるんだ?」


 と、さすがにアハティンサル領の優先順位に恣意的なものがあることに気付いてしまったようだ。

 ヘーダが慌てて、


「家でも、服でも熱心なのは一般的には女性がこだわるものですから。……王国でもそうではありませんか?」


 と、フォローを入れる。クーガーはそれに頷きながらも、今一つ釈然としていないようだ。


「……それはそうなんだけどな。実際、スイーレが来てからの方が良い気もするけどよ」

「今回はたまたまですよ。例えば……そう! 武器の購入で奥方様の意見を確認した方が良い、とは言われませんよ」

「例えが極端だ。でもまぁ、たまたまという事にしておこう」


 これで、話としては終わったのだが、シンヤの提案は提案として頷ける部分もあるので、簡単にスルーするのも、いささか寂しい。

 それに生地を選ぶというなら、それは普段着の注文としても有意義ではある。


 大げさな話になったことで、罪悪感を抱くことになっていたキンモルの口添えもあり「サンセン屋」自慢の生地を紹介してもらえることになった。

 それはリーコン河で見た染色という仕事の完成系を確認できるという事でもあるので、最終的にはクーガーも積極的に同意する。


「――では、当店の職人を呼びましょう。何より詳しいですし、お代官様も、そういった者の話に興味をお持ちのようですし」


 すでにシンヤはクーガーの好奇心が向いている方向を見定めてしまっていた。

 さすがは大店の主人という事だ。


 そうやって呼び出された職人とは女性であった。

 名をユチカという。

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