サジンはおしゃべり
家を建てるにしても細かいところはスイーレが来てから――というかスイーレが新しく家を建てることを了承するかどうかも未知数ではあるのだが――という事になり、かといってこのまま解散も何だか虚しい。
……という心境になって、立地について考えみよう、という事になった。
それは領内を視察するのにもいい口実になることは言うまでもない。
今までは、ショウブと会話で言葉の習得に努めて、それも一段落したので改めて代官の視線が外向きになった、というような大義名分さえ振りかざすことも可能になったということだ。
クーガーはさっそくこれを振りかざし、一度は見送った騎馬による視察を行うと決めた。アハティンサル領にやってくるときに乗って来た馬に跨り、キンモルもそれに続こうとしたわけだが――
「サジンは馬に乗れません」
と、ヘーダから、そんな問題点を指摘される。名目上は新居の立地調査であるので「棟梁」であるサジンが随伴できないのは問題がある。
そしてクーガーとしては、名目だけでなく実際に家を建てるつもりがあるので、サジンが付いてこられない、というのは受け入れがたかった。
そこで当たり前に、
「馬車を用意すればいい」
と、命じたわけであるが、アハティンサル領においては「馬車」というものが存在していなかった。まず「馬車」に対応する言葉が無いのである。
だが荷馬車というものは存在し、それをヤマキ近隣の農家から借りてくることになった。
ヘーダがその荷馬車に繋がれた馬に跨り、サジンが荷物扱いでクーガーに同行する段取りが整えられた。
なにより、サジンが案内しようとしていた場所はさほど遠くはない。歩いてゆくのは少しばかり躊躇する――それぐらいの距離であるらしい。
王国風に言えば「郊外」といった場所であるようだ。
そしてヤマキの街から北へと進んでゆくと――
「なるほど、これがリーコンか!」
と、クーガーが声を上げた。
リーコンとはアハティンサル領の北部を流れる大河である。
クーガーが声を上げるほどに感動したのは、その河口がいくつにも分割されていて、その周囲一帯が河の流れによって作られた幻想的な雰囲気を醸し出しているせいだ。
とは言っても、こういった河口になったのは治水のためであることは明らかだったので、人を惹きつける景観になったのは偶然の産物であることは間違いないだろう。
「意外とヤマキから近かったんですね。洪水とかは大丈夫なんでしょうか?」
と、キンモルらしく、そういった心配をしてしまうぐらいに、この場所はヤマキ中央からは離れていない。
そういった近さもまた、クーガーが驚いた理由でもある。
キンモルの言葉を、ヘーダがサジンに向けて訳す。何しろここに新居を建てようという話なのだから、キンモルの懸念はもっともなことであるし最優先すべき課題でもある。
今いる場所はリーコン川の河口を見下ろす高台で、疎らではあるが他の建物も建てられているから、ここが洪水の被害に直接見舞われることは無いのだろう。
だが、溢れた水に囲まれてしまう可能性もあるかもしれない。
『その心配はご無用で。ここはさっきの場所よりも高いんで、庁舎がある場所から水で切り離されるって事は無いですわ。問題はむしろ潮風の方で。何より釘が腐っちまう』
そういったキンモルの心配に対してサジンがそう答え、それをヘーダがたっぷりと意訳する。
それで、キンモルも納得したようだ。何より問題点を同時に説明されたことでサジンへの信頼度が増した結果とも言える。
それに何より、この場所は候補地の一つにすぎない事。つまり、この場所にこだわらないで、他の候補地を回って視察を進めることも出来る、とキンモルが気付けたことが大きかった。
早速キンモルは、クーガーにそれを促そうとするが……
「あれは何をやってるんだ? 何か流してるよな? 布?」
クーガーは変わらず河口を見つめ続けていたらしい。
クーガーが言っているのは、染め物作業の様子である。河の流れに沿って、綺麗に染め上げられた反物が波打つ様子は、この景観をさらに幻想的なものにしている。
『ああ、あれは染め物……まぁ、布を作る作業のうちですな。お代官様なら~~で――』
「ええとつまり、安手の服を作る時に必要な布に細工をしているわけです』
サジンが、相変わらずの察しの良さでそのままクーガーの声に答えようとする。
だが、そんなサジンの声に被せるようにして、ヘーダが慌てて答えてしまった。
その後、ヘーダとサジンの間で、例の「小声で早口」のやり取りが行われる。
明らかに不審な動きであった。
キンモルがそんなヘーダに声を掛ける。
「少し尋ねたいが」
「は、はい」
「その安手の衣服、手配してくれないか? どうにも持ってきた服だけでは限界があってな。普段着などは購入したいと思っていたのだ」
キンモルにとっては切実だったのだろう。クーガーの無茶による弊害が「衣食住」の「衣」にも現れてきているのだ。
そのため、ヘーダの言う「安手の服」という言葉に反射的に飛びついてしまったというわけである。
それを聞いたヘーダは、とりあえずヤマキ中央に戻ることを提案。つまり次の視察は、衣服関係の店に顔を出すことに決定したということだ。
……そしてサジンは、そのまま一行とは離れることになったわけである。
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