新居を建てるにあたっての最優先事項
瓦葺きの作業は、本当にデモンストレーションだけだったようだ。クーガーが納得すると、作業を行っていた職人が屋根から降りてくる。
この辺りはさほど大きくない住居が立ち並ぶ一角で、新しく家を建てていた、という事ではなく屋根の補修工事の最中であったようだ。
そして本当に、午後には仕事をやめてしまっているらしく、職人はサジンに軽く頭を下げるとゴミゴミした街角へ消えてゆく。
『それで、ワシには何か他のご用もあると聞いとりますが』
サジンという男は、王国語はわからないはずなのに、クーガーの雰囲気からその心中を察することに長けているようだ。
それは助かるのだが、喋る言葉に癖がありすぎて、その点では全くクーガーに優しくない。
ヘーダの説明では、サジンは「棟梁」という名の立場であるらしい。つまり、こういった職人をまとめる顔役でもあるという事だ。
サジンという職人が察しが良いのも、話す言葉に癖があるのも、そういった立場であることが理由であるのかもしれない。
もっともそういった問題は、ヘーダという通詞がいればさほど問題にはならない。
クーガーは改めて「新しい家を建てたいと思う」から始めて、瓦葺きに見られる職人たちの技量に感動したので、それを最初から見てみたいのだ、と率直すぎる言葉をヘーダを通じてサジンに訴えた。
それにもまた、クーガーの拙いアハティンサル語が混ざるので、おかしな具合になっているわけだが、その辺りはヘーダが何とかしたようだ。
サジンも察しの良さで、何よりもクーガーが職人の技量に素直に感動していることを理解できたのだろう。
顔いっぱいの笑顔でそれに応じつつ、
『そりゃあ、注文があればワシらは何でも建てまさぁ』
と、小柄な体をさらに小さくしてクーガーに向けて畏まる。
サジンがどういった返答をしたのかは、クーガーも察することが出来た。ただそこからの細かい要望を伝えることは、賢明なことに最初から諦めていたらしい。
自分自身でもはっきりしない、新居の立地についてのアドバイスや心当たりについて教えてくれとヘーダを通じて、サジンに問いかける。
サジンは「ふんふん」と細かく頷きながら、ヘーダの説明を聞いていたが、やがて綺麗に髭をあたっている顎を一撫でする。
『
そして、癖たっぷりの言葉で確認してきた。クーガーにとっては随分聞き取りづらく、途中で完全に意味が分からない言葉が混ざっている。
『え? 問題ない? 何が?』
そんなクーガーの問いかけに、サジンとヘーダが顔を見合わせる。続いて、ヘーダが滾々とサジンに何やら語り掛けているが、小声である上に早口であるので、クーガーにはよくわからない。
その内、ヘーダがしっかりとクーガーへと向き直ると、
「どうやらお代官様にうまく伝わらなかったのは『馬』についてです。意訳しますと厩舎を考えなくてもいいのか? と。そういう確認でありました」
と、告げた。
そう言われてしまうと、クーガーも考え込んでしまう。
「そうか~。確かに厩舎は必要だよな。それなら庁舎というのはやめて、普通の家を建ててもらうか」
「それが良いように考えます。予算はあるわけですから」
とっさに口に出てしまったクーガーの修正案に、キンモルも同意する。
とにかく、新しい家屋が出来上がるところが見られれば、クーガーは満足するのだから、そういう選択肢はキンモルにとって全然ありだ。
それに、そうやってクーガーが金を落とすことは、クーガーにとっても、アハティンサル領にとっても悪い話ではない。
だからこそキンモルは賛意を示したというわけだ。
ヘーダも、そういったキンモルの思惑を弁えた上で、再びサジンにクーガーの思い付きを伝えた。
そうするとサジンは、納得したように一つ頷いたが、その表情がすぐに曇った。そしてすぐに、こう尋ねてきた。
『お代官様。奥方は?』
その言葉――具体的に言うと「奥方」という言葉――については、繰り返されたショウブとの会話で何度も出てきている。
クーガーは訳されるまでもなく、色めき立ってサジンに尋ね返した。
『奥方いる。聞く理由は?』
と。
さすがに空気を読んで訂正することを控えたキンモル。その隙に、ヘーダがサジンに意訳も含めてだろう。
クーガーの疑問を何とかサジンに理解させたようだ。
ヘーダは、サジンの返答をじっくり聞いて、キンモルがいつか見たような諦めの表情を浮かべながら、
「あの~ですね。サジンの経験上、新しい家を建てるのなら、まず奥方の要望をしっかりと聞いてからの方が良いものが出来上がると。サジンはそれを心配してます」
と、神妙に訳した。
そして、サジンの真意を知ることになったクーガーは、難しい顔をして額に冷や汗を浮かべる。
未来の奥方であるスイーレの反応を想像しただけで、サジンの経験則の正しさを思い知ることになったようだ。
やはり思い付きだけでは上手くいかないらしい。
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