クーガー、職人に会ってみる

 ヘーダの登庁を待って、動き出した三人。まずは新しい建物を建てるならば? というクーガーの問い掛けで始まった。

 するとヘーダは、間を置かずに、


「それでしたら、サジンに尋ねればよろしいかと」


 と、答えを返してきた。

 家屋を建てる技能を持つ者は多くいるが、その中で「名人とは誰か?」という話になれば、まず最初に名前が挙がってくる人物であるらしい。


 会ってみなければ詳しいところはわからないが、続けてのヘーダの説明を聞いてゆくと、見た目はヤマキ氏族らしく小柄。白黒の髪を短く刈り込んでいる初老の男であるようだ。


 そこまで聞くと、クーガーはあっさりと、


「では、訪ねよう」


 と、決意した。今のところ、この代官。明確な仕事と言うものが無い。探り探り新しい体制を構築しつつある役所からの報告に、何とか目を通すぐらいの役目しかないからだ。


 そういった暇に任せて「何なら久しぶりに馬に跨ろうか」というつもりまであったクーガーとキンモルである。

 しかし、そこでヘーダは驚きの表情を浮かべながら、


「馬に乗る必要があるほど遠くまで行く必要はありません。サジンの職場は、ここからさほど離れていませんし、馬に乗ってゆけばかえって面倒になるかと……何よりもお代官様が自ら訪ねられることがまず異例だと思うのですが……」


 実に真っ当なことを言い出した。それを聞いて、キンモルは心の中だけで膝を打つ。確かに統治者としてはクーガーの腰が軽すぎる、と。


 それはキンモル自身がクーガーを未だにニガレウサヴァ伯爵嗣子、という立場でしか認識してない、という事になる。

 田舎領主の若様となれば、これぐらいの腰の軽さでも、何となく許されてしまう雰囲気はあるからだ。


 しかし、この場合最も問題になるのはキンモルの認識では無くて、クーガーの自覚にあることは言うまでもない。

 そしてクーガーは全く自覚するつもりはなかった。


「いや、仕事の邪魔するのは嫌だし、何なら俺は仕事してるところが見たいんだよ。瓦の話しただろ?」

「はぁ……では、お代官様の視察という事でどうでしょう? 先触れを出しておけば、サジンも仕事の段取りを変更しやすいですし、何ならちょうどいい現場への案内もしやすいでしょう」


 重ねてのヘーダの申し出に、さすがにクーガーもそれが道理だと納得したようだ。

 小さく頷くと、


「それなら午過ぎ辺りにしようか。この領って、午前の間に仕事まとめて片付けるみたいだし」


 と、クーガーは半ば独り言のように、そう呟いて了承した。


                  ~・~


 どうかするとボンクラであるように見える、これまでのクーガーの振る舞い。しかし、領の様子をきちんと見ている事は確かなことのようだ。


 むしろ「クーガーを何とか大人しくさせねば」という使命感に燃えていた、キンモルの方がアハティンサル領の観察を怠っていたらしい。

 そうと悟ったキンモルは、クーガーの代わりに周囲を警戒するという、実情を知っている者にしてみれば「無駄な努力」をすることはいったん取りやめた。


 そこでヘーダに案内されるのに任せて、キンモルが改めて周囲に意識を向けてみると、


(センホ氏族が……何だか立場が弱いみたいだな。そう言えば初日にも、こんな風景を見た覚えがある)


 そんな現象が起こっていることに気付くことができた。

 身体の大きな者が押しなべてセンホ氏族ではないらしいとは、さすがにキンモルも気付いてはいる。


 だから、簡単に「センホ氏族が虐げられている」という判断にはならなかったのだが、領全体でそういう雰囲気があることは改めて確信することが出来た。


 そういった気付きと同時に、ショウブと同じような黒い肌の者もいることに気付いく。特にそれが男性である場合、身体のしなやかさから計り知れない戦闘力を感じてしまう。


 そういった者たちもまた、衣服の文様から各氏族に属していることも察することが出来るのだが、


(どっちにしても、かなり少ないことは間違いないな。しかしアハティンサル領……やっぱり謎が多いな)


 単純に調査不足であるだけかもしれないが、調査不足であることに改めて気づけたことは成果と言えるだろう。

 そしてキンモルの主であるクーガーは、そういった問題点をもっと早くから認識していた可能性もあるわけで――


「――ああ、なるほど。ああやって順番に重ねてゆくんだな」


 そのクーガーが突然声を上げた。キンモルが声につられるように視線を上げると、板張りの屋根の上に瓦を順番に設置していく、職人の姿が見える。


「俺は何だか全体がまとまった屋根だと思ってたんだよな。そうか、こうなってるのか」

『満足いただけましたかな?』


 と、クーガーの驚嘆に沿うような声が挟み込まれた。

 こういう短い文章なら、もうクーガーはヘーダを介さずとも理解できるようになっている。


『はい。俺、満足できた』


 それに加えて、簡単な返事も可能だ。

 クーガーは、そんな風に答えながら声のした方に顔を向ける。


 するとそこには、午前中にヘーダが説明したような初老の男がいた。

 この男がサジンで間違いないのだろう。顔全体を綻ばせるような、気持ちのいい笑顔の持ち主だった。

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