真実のアハティンサル領
欲といえば「道を敷設してくれ」といったような要望は確かにあったわけだが、それはアハティンサル領にとっても、一概に悪い欲求であるとは言えない。
しかもその費用を、領からの特別徴収で賄おうという話では無いのだ。
そうなると、道を敷設したことで一気に大軍を動員して、アハティンサル領を完全接収という形に持ち込みたい――という意図があるかのように疑って然るべきであるのだが……
「念のための確認なんだが、本当に新しい代官は近侍一人だけで乗り込んで来たのかの?」
ギキが、ケイショウに身体を傾けながら確認した。
ケイショウは盃に酒を注ぎながら頷いた。
「ああ。ワシもそれは疑ったんだが、本当に他に入ってきた者はいない。確実にあの二人だけで乗り込んできたことは間違いない」
どういう風に疑っていたかというと、クーガーたちを囮にして、アハティンサル領に反抗しやすい状況を提供する。
その上で、クーガーたちとは全く関係なく侵入してきた王国の密偵がそれを確認。
そしてそれを口実に、アハティンサル領をさらに苛烈な支配下に置く。
そういった陰謀が進行しているのでは? と疑ったわけである。
だが、クーガー達は本当に二人だけだった。
この状況ではアハティンサル領はいくらでも二人に手を出せる。二人を除いた後に「事故だ」とかなんとか申し出れば、王国としては追求が難しい。
そういう大義名分無しで、苛烈な支配を進めようと王国が考えているなら、まずクーガーたちを派遣しないだろう。聞けばクーガーは王子という事ではあるらしいし、そこまで無下に扱う理由を三人には想像できなかった。
それに元々、この三人はクーガーを除く意志などない。
さらに加えて言うなら、騒ぎを起こそうというつもりもない事はお互いに確認し合っている。
だが、当たり前にそれを明け透けに王国に伝えるつもりはないし、そういう機会も無かった。
それなのに、蓋を開けてみればクーガーはそれがわかっていたかのようにアハティンサル領に乗り込んできたわけである。
これでは、どうにも判断に迷う。
――しかも、である。
こういった状況は、今のアハティンサル領にとっては甚だよろしくない。
王国にはアハティンサル領は厄介な領だと思ってくれなければ困るのである。
「……いやまぁ、ホウクが種を蒔いてくれたわけだから、道を通すのに時間をかければ、それなりになるんじゃないか?」
話し合いが煮詰まり、酒を呷る回数が増えてゆく中で、ようやくヨウマンが建設的なことを口にした。
それに残りの二人も頷く。
「……確かに、それしかないか」
「道を作るにしても、どういった道を要求されているのか、まだわかってないらしいからな。それで引っ張れるか」
これで王国式の道を通してくれという話になれば、時間を稼ぐことは出来る。
王国から技術者を招くという話になれば、その技術者と折り合いを悪くすれば、望みの状態にはなるだろう。
まずこれを一案として、話を進めればいい。
その上で――
「代官がとんでもなかったから慌てっちまったが、まだ一日しか経ってないんだよな。これから先も色々あるかも知らねぇ。ワシらももう少し構えた方が良いのかもしれん」
ギキがさらに、建設的な方向に話を進めた。
「――確かにそうだ。しっかり見張るしかないことは確かだしな。……これから代官が気付くこともあるかもしれん」
「聞いた話じゃ、あんまり頭は良くねぇ、って話だけどな」
「おお。そう言えば若い者の修練も見たいとか言ってたらしいぞ」
三人がようやく明るい声を出し始めていた。
単に酔いが回って来ただけかもしれないが。
「ああ、そうだったな。戦いにも興味があるのは間違いないだろう。そっちに注意を引き付けるか。適当にあしらって、挑発してみるのも良いかもしれん」
「……それはどうか? 負けが込んで、いちゃもんつけるために粗探しを始めるかもしれん」
「それはそれで、願ったりかもしれんぞ。ワシらは王国と仲が良うなってはいかんのだし」
そこで三人は、顔を見合わせてうんうんと頷きあう。
アハティンサル領はそもそも王国にも帝国にも与しない気風があるのだ。
ただそれだけに……
「……それでワシらはいつまで顔色を窺っておらんといかんのか」
ギキが酒臭い息を吐きながら、再び愚痴を漏らした。
「……そうだなぁ。やっぱり不埒者がわからんことには……」
「いや、それは全くうちらが不甲斐ないことで……」
「それ言い出したらワシら三人も、全く不甲斐ない。いったい何が起こったのかさっぱりわからんのだからな」
「そうだ。そこがわかれば不埒者も自然にわかる……はずなんじゃ」
「それがさっぱりわからん! となっておるから面倒なんじゃ」
ギキの愚痴で、再び愚痴大会が始まってしまった。
この三人の老人、かれこれ半年以上、集まってはこんな風状態なのである。
それは図らずも、現在のアハティンサル領そのものと言っても良いだろう。
クーガーが代官として赴いた領は、現在こういった状態であった。
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