社の中で

 道の敷設に関しては、やはり、というべきか結局ミツマが取り仕切ることになった。どう考えてもそれが自然であり、無理のない分担でもあるからだ。

 ホウクの訴えはあまりにも無理筋過ぎた。


 それを通そうとしたことに、どういう意図があったのかはクーガーたちにはよくわからない。三人の中では最も若年であるから血気に逸ったのか、と漠然と考えていた。

 だがクーガーたちにしてみると、次におかしな動きを見せたのはミツマとリチーである。


 ホウクがおかしなことをしているのだから、それを諭せば済む話であるはず。

 ところが二人は、それ以上にホウクを責めた。そんな風にキンモルには感じられたのである。


 とにかくそこからウダウダと時は流れ、太陽が西に傾き始めた頃、ようやく新しい代官との面会は終わることになった。

 明日への課題を、たくさん残したまま……


               ~・~


 そんなクーガーによる代官業の一日目深夜――


 アハティンサル領、ヤマキの街の外れにやしろがあった。

 社とはアハティンサル領の領民が敬う神々が住まう宿、というように王国と帝国では解釈されており、それは的外れな理解ではない。


 この社で奉られているのは、街と耕作地帯の境において安全を司る「サエノノ」というアハティンサル領の領民にとっては最も身近な神である。


 そしてそんな社の中に三人の老人が車座になって、座り込んでいた。アハティンサル領では、椅子を使う事は少なく、藁で編んだ敷物に腰を下すことが一般的だ。


 してみると、この老人たちもまた一般的な人間かというと、見た目からしてとてもそんな風には見えない。

 中でも最も特異な容貌の老人は、まず右目が白濁しているのだから。


 蠟燭の頼りない灯りの下でも、その異様さは隠しようもない。薄墨色の衣服に青色の文様。シチリ氏族であることは間違いないようだが……


「若いのが何とかやり遂げたようだが、やはり新しい代官は相当な変わり者らしいな」


 右目が白濁した老人――ギキが酒を呷りながら、そう切り出した。左右に飛び出た、ちょろっとした口髭に愛嬌がある。

 つまみは魚の切り身とヌタの酢味噌和えであるらしい。足りなくなった歯を懸命に使い咀嚼している。


「ああ、ホウクが上手い具合に喧嘩に持ち込んでくれたようだが、そもそも新しい代官の言い出したことが随分おかしいからな」


 そう答えるのはケイショウという名の老人だ。

 衣服の特徴、そして小柄さからヤマキ氏族であることが窺える。


 垂れ下がった白い眉の下には、未だ鋭さが収まらない眼光が冴え冴えとしていた。綺麗に整えられた口髭からも威厳というものが伝わってくる。


「随分うちの若いのを褒めてくれる……しかしそれは我々の氏族が――」

「そういう、他人行儀なことは言うな。それにこういう場だぞ?」

「そちらにだけ責任を押し付けるようなことはしない」


 残りの一人、センホ氏族の代表であるだろう老人は、何事か言いかけたところでギキとケイショウにそれを遮られた。

 身につけている衣服の特徴からは、センホ氏族であることは間違いないと思われるが、それほど体は大きくない。


 綺麗な禿頭で、随分な猫背具合。生えている頬髭もまだらであるので、この三人の中では一番老齢なのであろう。名をヨウマンといった。


 この三人が、それぞれの氏族の長老であり、要するにアハティンサル領全体をまとめているのはこの三人という事になる。

 

 そしてそんな三人は、夜中に額を突き合わせて何事か深刻な様子で話し込んでいるというわけだ。当然、単純な酒の席であるはずはない。

 しばらく、白く濁った酒を呷っていた三人だったが、やがてケイショウが仕切り直すかのように、口を開く。


「……とにかく今は、従うしかない」


 それにすぐさま反応したのはギキだった。


「従って、それでその先はあるかね? なんとかなる見通しがあるようには思えんがね」

「それは……不埒者を捕まえなければならんのだろうなぁ」


 ギキの問いかけに、ヨウマンが答えた。

 しかし、ギキにとってはそれも不十分な「答え」であったらしい。顔をクシャっと歪めて、さらに言い募る。


「不埒者といえば……そっちのトウケンはどうなんでぃ? あいつがおかしなことをしてくれていれば――」

「それはまぁ、おかしなことしかしてないよ。だけど、それで帝国と連絡を取り合ってる風には見えない。シショウもよくやってくれているが……」


 ギキの追求に対して、ヨウマンがそんな風に応じた。


「あてずっぽうに不埒者を追い詰めてしまうと、それはそれでな」


 そこでケイショウが、苦々しい表情を浮かべる。

 その指摘には真実が含まれていたのだろう。ギキとヨウマンも同じような表情を浮かべながら、頷きを返した。


 だが、そんな風に愚痴を並べるだけでは、こうして集まった甲斐が無いというものだ。

 とりあえず、新しい代官であるクーガーについての方針をはっきりさせることが急務でもあることは間違いない。


 そういう目的意識は三人とも持っているわけであるが、如何せんクーガーが想定外過ぎた。

 正確に言うと、その要求が想定外であったわけだが、欲がないとも受け取れる相手に対しては、どこから手を付ければいいのかがまずわからない。

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