被害者同士、相哀れむ
そこから一気に雰囲気は和気藹々……なんてことは当然無く。それでも幾らかは緩んだ空気の中で、クーガーの申し出について建設的な話し合いに移行することになった。
まず最初に議題になったのは、道を敷設するにあたって、その費用はどうするのか? という問題であった。
ただ費用については、誰でもまず最初に考える課題であったので、クーガーもしっかり準備していた。
……クーガーが、というよりも婚約者のスイーレが、というのが正確なところだが。
先の動乱、それによって得た身代金。まずそういった理由で確保された資金をアハティンサル領に投下することになっている。
それに加えて王家は、スイーレの実家であるルースティグ伯家にも貸しを作っている状態であり、それを購うために賠償金を支払っていた。
さらに王妃テクナスアモーラからも個人的な歳費をアハティンサル領に投入させることにも成功している。
クーガーは正直に、こういったスイーレの手並みを自慢げに披露した。そして、それを聞かされた三人は、何とも微妙な表情を浮かべ、何やらぼそぼそとヘーダに語り掛けた。
クーガーは即座に、ヘーダに三人が何を言っていたのかを確認する。
するとヘーダは躊躇いながらも、
「お代官様の奥方様が実質的な代官ではないのか? ……と」
と、そういった三人の懸念を口にした。
それに対していち早く返答したのは、今までは黙って控えていたキンモルである。
「それは違う」
と、言いながらキンモルは首を横に振った。その言葉は通じなくともジェスチャーは通じたようだ。おおう、といった表情で三人が黙り込む。
その様子にキンモルは満足そうに頷くと、次にこう宣言した。
「スイーレ様は、クーガー様の奥方ではない」
「おい。待て」
キンモルがわざわざ割り込んでまで訂正したかったのは、その点であるようだ。即座にクーガーがキンモルに食って掛かるが、キンモルは頑として譲らなかった。
「なし崩しになっては、私が叱られます」
「そうかもしれないけどよ」
「クーガー様も危ないですよ」
「危ないって……いや、それは……」
こういったやり取りも含めて、ヘーダが何とか三人に伝えてゆく。当然、その中には意訳が大量に含まれているのだろう。
やがてミツマたち三人のクーガーを見る目が優しくなっていった。
このアハティンサル領では、こんな言い回しがあることを後にクーガーたちは知ることになる。
つまり、
――女房の尻に敷かれる。
である。
この三人も多かれ少なかれ、そういう立場ではあるのだろう。そのためクーガーに同情したのである。同病相憐れむ、に近いのかもしれない。
しかし資金繰りにひとかたならぬ力量をみせ、王家とも繋がりがあり、変人であることは間違いないクーガーを恐れさせているのである。
これでは何をどう弁解しても、スイーレの尻に敷かれてはいないと主張するだけ無駄であることは確かだろう。
その上、先ほどクーガーが要求した道の敷設についても、元々はスイーレのリクエストであることが判明したことで、三人のクーガー評は確定したと言っても良い。
当然、スイーレ評についても確定したわけだが、それをわざわざ確認するものはいない。
その代わりに、どういった道を敷設すればスイーレは喜んでくれるか? という具体的な問題点の洗い出しに移れたことは幸いといえるだった。
そこから改めてクーガーが昨日通ってきた道の印象を口にすると、ミツマがそれについて細かく確認していった。
まずクーガーとしては「平坦な道を作って欲しい」という要望があり、領の中央、その水田地帯を担当するミツマは、それに応えることが出来る知見があった。
だからこそ、ミツマが答えようとするのは自然な流れに思えたが……
「ん? 何だ?」
ホウクが横合いから口を挟んできたのだ。それに驚くクーガー。それはミツマとリチーも同様らしく、呆気にとられたような表情を浮かべている。
ホウクはそれに構わず、今度は呆気に取られている二人に向けて、何事かをわめいていた。そうすると二人も何事か言い返している。
それ見ていたクーガーは、ヘーダへと向き直ってこう尋ねた。
「おお! また言ってる。U!TSUKE! 響きが格好いいな! いや、さっきとは違うのか? で、どういう意味だ?」
「あ、いやそれは……“愚か者”とか、そういう意味です。つまり悪口ですね」
「そうなのか。ん? だとすると今は喧嘩してるのか?」
「は、はい。道はミツマさんが取り仕切る感じになっていたんですけど、それをホウクさんが請け負いたいと割り込んできまして。センホ氏族の方が上手くやれると」
「センホ氏族の名前出したのか?」
「は、はい。そ、そうなりますね。そういう意味のことを言っているという感じなんですが」
そこまで聞くと、クーガーは未だ揉めている三人の様子を改めて確認する。
そして首を捻りながら、
「……“敵を作る”か」
と、小さく呟いた。
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