クーガー式統治の要諦

 果たしてキンモルが止めた理由と、三人が手を挙げた理由は同じであった。

 つまり領を運営するのに、今は人手不足であり、それにはどう対処するつもりなのか? という問題が片付いてはいないということだ。


 帝国統治時代は、帝国本国から役人が派遣されていた。

 領の運営の中心には、そういった帝国人居座り方針を決めていたわけである。


 それは当たり前に帝国を利するような方針であり、あるいはアハティンサル領への無関心によって運営されていた。


 しかしアハティンサル領が王国に割譲されたとなると、帝国本国に籍を持つ者たちは当たり前に引き上げてしまった。

 それは喜ばしい変化であるかもしれないが、実際には領の運営が滞ってしまうという弊害も併発してしまう。


 もちろん王国も、手をこまねいてこういったアハティンサル領の状況を座視していたわけでは無い。ごく一般的な手続きとして、運営の責任を仮決めし、通詞の選考を行っていた。


 この処置で選考されたのがヘーダであり、今クーガーの前にいる三人というわけである。


 そして改めて代官が任命され、それと同時に王国の役人が大量にやってくる――そんな流れになるはずだったのだが……


「ああ、そうか。それは伝えてなかったな。俺とキンモル以外には来ないよ。あ! 違った。あとから俺の婚約者が来る」


 それなのにクーガーは胸を張って、そんなことを宣言した。

 どう考えてもイレギュラー過ぎる宣言であるわけで、まず通詞のヘーダが大いに戸惑ってしまった。しかし、イレギュラーであればあるほど、それを伝えないわけにはいかない。


 ヘーダが恐らくは言葉を選びながら、三人にクーガーの宣言を伝えると、まずホウクが大声で騒ぎ始めた。続いてミツマが静かに怒り出し、リチーが渋面を浮かべる。


 ――その時である。


『U! Katsu!!』


 と、いきなりクーガが叫んだのである。


 それはアハティンサルで使用されている言葉の響きに似ていた。いやアクセントはおかしかったがそれは確かに「迂闊」と叫んでいるように聞こえた。


 その言葉を叫んだ意味はよくわからない。会話が繋がるようであり、全く繋がって無いようでもある。

 直前にホウクが「迂闊」という言葉を口にしていたので、それを意味も分からずに繰り返していると考えた方が納得しやすく――きっとそれは真実なのであろう。


 しかしそうなると、クーガーの意図は全く謎になってしまうので、さらなる戸惑いがアハティンサル領の四人に襲い掛かることになった。


 そのために生じた空白に乗じて、クーガーはヘーダに向けて容赦なく言葉を浴びせた。それはキンモルが聞く限り、クーガにしてはかなり丁寧な説明であった。

 しかし、それを訳すヘーダはそれをどこまで三人に伝えることが出来るかは、未知数である。


 それでも、まず三人が理解したのは王国が三年の間、アハティンサル領から税を徴収しない、という事であった。


 その理由としては割譲されて、すぐさま税の徴収を行う事はアハティンサル領の負担が大きいこと。それに加えて、先だっての動乱でアハティンサル領は功績を上げたこと。

 それを鑑みて、そういう処置になった、とクーガーは説明していた。


 もちろんそれは単純なご褒美ではなく、その間にアハティンサル領の領民を中心にして、運営体制を再構築するように、との要請でもあった。

 それならそれで、王国からは指導する役人が派遣されるべきなのであるが――


「それ、俺が嫌いなんだよね。というか王国が嫌い。色々しがらみが面倒くさくってさ。今この領はそういったしがらみが無いんだから、苦労はするだろうけどかなり自由にできると思う」


 王家に連なる者としては、破格に過ぎる発言である。

 しかし、王家の人間しか口に出来ない発言でもある。臣下の立場では、発言した瞬間に反逆者として追われることになる可能性が高い。


 いや、王子という身の上であっても、かなり危険な発言であることは間違いないだろう。

 この辺りの発言はクーガーがニガレウサヴァ伯領出身であることも大きな理由になっているのだが、アハティンサル領の者たちにはそこまではわからない。


 ただただヘーダが恐る恐る訳す、クーガーの言葉に目を白黒させるばかりであった。その雰囲気はクーガーも察することが出来たらしい。


「だからと言って、そこで王国を切り離すつもりはないんだ。好きなしがらみはあるわけだし。その辺りは俺のわがままを通させてもらう」


 と、まずは安易に王国に反抗する事を否定する。

 それが伝わると、三人の雰囲気が目に見えて緩んだ。そこにクーガーが付け込むようにさらに言葉を重ねた。それに身振り手振りも加わる。


「で、新しい体制を作るのと同時に道だけは作って欲しいんだ。馬車が行き来できるような舗装された道が……うん、このヤマキまで通してくれ」

『ビーア……Michi』


 そんな風に身振り手振りを加えた成果はあったのだろう。

 ついにミツマが、ヘーダの通訳を通さずにクーガーの言葉を理解し始めた。


 ――いや、理解しようとし始めていた。

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