クーガーの好奇心
その後、ヘーダが伝えるにはミツマはアハティンサル領において農政を司っていることが判明する。
それ聞いたクーガーは、
『Yemake……Domenu?』
と、片言の言葉、それも王国語混じりでミツマに話しかけた。それに戸惑うミツマであったが「ヤマキ」という発音だけは拾えたらしい。
そしてそれが、自らの出身であるヤマキ氏族の事を指しているのだろう、とあたりを付けてヘーダに確認すると、ヘーダはそれに大らかに頷いて見せた。
クーガーもまた「ヤマキ氏族はアハティンサル領の中央を居とし稲を育てている」という、以前のキンモルの説明から察したのであろう。
農政担当という説明からの単純な連想ではあったが、それがミツマの意表を突いたことは確かだ。それに言葉の習得についても積極性を感じられる。
ミツマは左右のリチーとホウクに視線で何事かを訴えかけようとしているような動きを見せたが、それは「よろしくない」ととっさに気付いたようだ。
何しろクーガーは真っ直ぐに三人を見つめたままだからだ。
『Dein』
そのクーガーが先を促す。慌ててヘーダがそれを伝え、次にはリチーが一歩前に進んだ。
~・~
リチーは北部に居を構えるシチリ氏族出身の男だった。
顎髭を蓄えた細身の男で、そんな体形に倣ったわけでは無いだろうが眼も細く、とっつきづらさを感じさせる容貌だった。
身につけている衣服は薄墨色。そして袖口の文様の色は青。
仕事としては農耕に使用される鋤や鍬、それに当然剣までをも加えて金物全般の生産を司っていると説明された。
元々、シチリ氏族がそういう金物関係を取り扱っており、リチーはその代表として庁舎の運営に協力しているという事らしい。
ミツマよりは現場に近い、という事なのだろう。
クーガーはそう解釈した。
最後に一歩前に出たのはホウクである。三人の中では最も若年ではあるらしい。髭は蓄えておらず、その代わりに、というのもおかしな話ではあるのだが眉の濃さ、それに太さが何と言っても印象的な男だった。
竹色の衣服に身を包み、袖口の文様は赤色。赤はセンホ氏族を表しており、それに加えてセンホ氏族は身体の大きいものが多いらしく、これもまた氏族を見分ける目安にはなっているようだ。
実際にホウクの身体は大きく、通詞のヘーダもそういった特徴を備えている。
ホウクが司っているのは、日用雑貨や穀物以外の食料の流通であるようだ。「竹林峡」はこのセンホ氏族が居を構えている地域にあるので、竹細工などで雑貨品を生産するのに長けた氏族ではあるらしい。
そこまで説明を受けたクーガーはわかりやすく首を捻った。
そして、
「兵はどうしてるんだ?」
と、ヘーダを通じて明け透けに三人に尋ねる。
たった二人で乗り込んできて、兵の有無を尋ねるというのは胆力が強い、というか、精神がどうかしている、と感じる方が真っ当と言えるだろう。
しかしこうなってみると、下手に答えると王国への「叛意アリ」と見做されるかもしれない、とまで連想してしまうのも無理からぬところだ。
そして、二人だけで任地に赴いてきたのは、アハティンサル領の造反を誘うための策謀の一環ではないのか? とまで考えてしまう。
一瞬、三人の間に緊張が走った。
そんな雰囲気の中で、ヘーダは続いてのクーガーの言葉を順番に訳してゆく。
「『竹林峡』での活躍は聞いている。随分強い兵たちがいると。実際に会うのを楽しみにしていた」
と。
そこから少しおいて、
「自分たちは王国の北で匪賊退治等で実戦経験を積んでいる。どういう風に訓練しているのかにも興味がある」
と、続けた。
これが三人を窺うような、もっと言えば恫喝のような尋ね方であれば、アハティンサル領としても、これからの王国との付き合い方の方向性が定まるところではある。
しかしクーガーの漆黒の瞳を輝かせているのは、ただただ好奇心だけであるようにしか見えない。さらに身体全体で、それを表現しているかのようにも見えるから、それはまるで無邪気な少年のようでさえあった。
そんなクーガーの様子に、戸惑うことになった三人だが、正直に答える以外の選択肢を見出せなかったのだろう。
三人の中では代表になるらしいミツマが、クーガーの疑問に答える。
――戦うものを特別に組織することは無い。有事に当たっては、氏族の代表の手配で戦士を集め、それで戦いに赴く。
訓練に関しては、男子が集められて、年長者がその面倒を見ている内に、自然と戦い方を身につける「習慣」出来上がっている、と。
つまり、役人である三人も、そのまま戦地に赴くことがある兵士でもあるのだ。
さらにアハティンサル領の男は全員戦士、と考えると今もクーガーは取り囲まれている、という事になるわけだが……
クーガーの興奮は収まらない。むしろさらに好奇心を刺激されたのか「その訓練に俺も混ざりたい」と言い出したことで、ヘーダは何とも微妙な表情になっていた。
そんなアハティンサル領の反応を、キンモルが憐れんだ眼差しで、眼鏡越しに眺めている姿はどこか滑稽でもある。
しかし、これで一通りの手続きは終わったはず。クーガーはそう判断して三人に背を向けたわけだが――
「――クーガー様」
即座にキンモルがそれを止めた。そしてそれはアハティンサル領の三人にとっても同じ思いであったらしい。
キンモルの言葉にシンクロしたかのように、三人の手が上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます