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その時、その男性の近くの席に、見知った顔があることに気がついた。まさに、僕が今日一緒に旅行をしていた友人だった。俯いているから少しわかりにくいが、服装があの時と全く同じだ。
よく見ると、他の友人もそれぞれ別の席に俯いて座っているではないか!
僕は思わず笑顔を浮かべて叫んだ。
「おい!お前ら!!そこにいたのかよ!!」
友人たちは僕を嘲笑うかのように、俯いたままピクリとも動かない。
「なあ、俺を騙して寝たふりしてるなら、もうやめろって!これ、ヤバいよ!!早く降りよう!!」
僕は自分が出せる最大限の音量で叫び続けたが、それでも彼らは少しも反応を見せなかった。ただの人形みたいに、ピクリとも動かなかった。
僕は友人たちの元に行こうとして、自分の席のシートベルトを外そうとした。が、ベルトはどうやっても外れない。ボタンを押しても、力強く引っ張っても、どうしても外れない。どうしても、席から立ち上がれない。僕は恐怖と興奮に苛まれながら、友人たちに向かって必死に叫び続けた。
そっと手を握られ、僕は我に返った。隣を見ると、先ほどまで泣いていた女子高生が僕の手を握っていた。ひとしきり泣いたせいか、それとも血のせいか、目の周りは赤くなっていた。それ以外の部分は血を拭き取ったのだろうか、制服の袖にべっとりと血液がついていた。
「……知ってる人がいたんですか?」
彼女は声を振り絞って言った。
「はい、一緒に車に乗ってた友達が。でもあいつら、何言っても起きなくて……」
僕は早口で説明した。
「ほら、後ろに座ってる男子。あれが僕の友達なんですよ。」
彼女はほんの少しだけ安心した様子になり、席から身を乗り出して後ろの席をよく観察した。そして、小さな声でつぶやいた。
「お父さん、お母さん……」
「え?」
「お父さん!お母さん!」
彼女はすがるように叫んだ。
「ご両親がいたんですか!?」
僕が尋ねると彼女はこちらを向いて、少しだけ笑顔になって頷いた。
それから僕と女子高生は後ろの席に向かって叫び続けた。
「おい、お前ら!!」
「お父さん!お母さん!」
それでも、誰一人、僕たちの声に反応することは無かった。
その時、ふと声が聞こえた。僕は耳を澄ましてその声に注意した。その声がどこから聞こえてくるのか、なんとかして突き止めようとしたが、どうにも分からない。そのうち、その声はどこからか聞こえているのではなく、自分の頭の中に響いているような気がしてきた。
遠くの方に聞こえていたその声は、徐々にはっきりと聞こえるようになってきた。
「危な……い」
「避……けろ」
そんな声が聞こえてくる。不安になって隣の女子高生を見ると、彼女は血に濡れた手で耳を押さえていた。震えながらこちらを見て言う。
「なんか『避けて』って女の人の声が聞こえる……」
「僕も聞こえます。僕のは男の人の声ですけど……」
その声が徐々に大きくなっていった頃、その声の主が一緒に旅行していた友人の一人であることに、僕はやっと気がついた。席から顔を上げて後ろを見たが、その声を発しているはずの友人はピクリとも動かず、俯いている。続いて、別の仲間の声も聞こえてきた。
「おい、止……れって!」
その声の主は、やはり全く動かずに固まったままだ。
僕は再び女子高生の方を見た。彼女も訳が分からずに怯えているようだった。
「これって……何?」
「いや、分からない……。でも、僕の友達の声だ。」
その瞬間、僕の頭の中に、どこかの光景が浮かび上がる。暗い道路、目の前に広がる眩しい光、粉々に割れたガラス、生温かい誰かの血液。
僕はハッとして、後ろを振り返った。
その時見たのは、悲痛な表情に顔を歪ませる3人の友人の近くだった。その近くにいた品の良い中年の男女も、同じように恐怖に顔を引き攣らせていた。
次の瞬間、ドカンという鈍い音と共に、彼らから血が噴き出した。ある者は体の一部が吹っ飛び、あるものは頭に大きな衝撃を受けたように仰け反った。一瞬の衝撃のあと、座席は真っ赤に染まった。痛々しい静寂の中で、確かにさっきまであった体温が、一瞬にして消えていったような気がした。
人の形を維持していたものが、今はもう、人と認識できないほどに無惨な姿で横たわっている。
恐怖が湧き上がるより前に、僕は隣の女子高生を見た。彼女は心配そうに僕を見つめていたが、次の瞬間、彼女の額から真っ赤な鮮血が吹き出した。彼女が恐怖に顔を歪めた時、一瞬だけ僕の頭の中に映像が浮かび上がった。
車のフラッシュに照らされ、後部座席で今と同じように恐怖に顔を歪める、彼女の姿だった。
突然、僕の頭に雷に打たれたような激痛と衝撃が走った。
その痛みを脳が認識した瞬間、まるでブラウン管のテレビを消した時のように、プツンという音を立てて目の前が暗くなった。
白く眩しい光が見える。
僕がゆっくりと目を開けると、目の前にかなり広い病室のような光景が広がていた。白い光に包まれた室内に、いくつかベッドが並んでいるようだ。うまく体を動かせず、周りの様子はよく分からない。ただ、自分が生きていることだけは分かる。
数秒後、白衣を着た女性が扉を開けて入ってきた。目を覚ました僕を見ると、彼女は大きな声で誰かに声をかけ、僕の元に走り寄ってきた。
彼女は僕の手を握りながら、「もう大丈夫ですよ」と声をかける。それ以外にも何か励ましの言葉のようなものが聞こえたが、よく理解できなかった。やがて彼女は足早に去っていき、僕の周りは少しだけ静かになった。
ふと、何か声が聞こえた気がして、僕はその方向をぼんやりと眺めた。
僕が寝ているベッドの横にテレビがあった。消し忘れたのだろうか、ニュース番組がついたままになっていた。ニュースでは大規模な事故の映像が流れていて、キャスターは深刻な表情でニュースを読み上げている。
「国道で大規模な事故が発生しました。大型のトラックが横転したことを皮切りに、次々と玉突き事故が発生。現場を撮影していたカメラの映像によりますと、トラックの事故発生から数秒後に一台の乗用車が事故現場に接近。事故に気が付き、急激にハンドルを切ったところ、対向車線から来ていた、乗用車と衝突。それ以降、同様の事故が相次いで発生したとのことです。」
キャスターは続けた。
「この事故による犠牲者は数十人、そのうち大学生グループの内の1名、帰宅途中だった家族の内の1名のみが奇跡的に助かったとのことです。」
僕はハッとして、ゆっくりと首を動かして隣を見た。白い小さなベッドに、あの時の女子高生が横たわっていた。さっき目を覚ましたのだろうか、虚ろな目でテレビを眺め、やがてこちらに気づいて小さく頷いた。
「私たちだけ、残されちゃいましたね。」
残されたもの(短編小説) 小木 @2756714
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