第2話

席をすこし移動して私のお母さんの隣に羽奈さん、私の横に結衣ちゃんが座った。結衣ちゃんは10年前とは見間違えるように綺麗にかわいく成長していた。黒い髪をポニーテールにして白いうなじを惜しみもなくさらけ出している。身長は私より少し低いくらいだった。

「ゆ、唯ちゃん?」

久しぶりの会話で少し緊張する。

「なに?お姉ちゃん。」

久しぶりのお姉ちゃん呼びに脳が震える。結衣ちゃんは成長してもかわいい声をしているなぁ。

「今日はどうしたの?」

「忘れたとは言わせないよ?」

「え?」

結衣ちゃんは持ってきた鞄の中から紙を一枚取り出した。

「ここにサインしてね。」

「何これ。」

私は結衣ちゃんが持ってきた紙を持ち上げてみる。

「!!??!??!」

飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。

「げほっげほっ。」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫。」

なんとか呼吸を整える。

「これ、本気?」

「うん。」

結衣ちゃんが持ってきた紙はまさかの婚姻届けだった。しかも私以外のサインはすでに記入されている。

「まって結衣ちゃんはまだ高校生だよね?」

私の記憶が正しければあの時まだ結衣ちゃんは小学生にもなっていなかったはずだ。

「そうだよ?でも私今日で16歳になったんだ。」

「へ?」

「私の誕生日わすれちゃったの?」

結衣ちゃんは頬を膨らませる。今月ってことは覚えていたけど今日だとは思わなかった。

「それでほんとに私と結婚する気でいたの?」

「約束したでしょ。それともお姉ちゃんは忘れちゃったの?」

「忘れてはないけど.....」

「じゃあサインして。でしょ?」

しばらく会わなかった間に結衣ちゃんは小悪魔としても成長したようだ。私の方にグイっと身を乗り出して圧をかけてくる。助けを求めようとお母さんの方を見てみるが羽奈さんと楽しそうに話していて私の視線に気づく様子もない。

「ちょっと考えさせて。」

私は顎に手を置いて思考する。結衣ちゃんはあのころから随分成長して正直ドタイプではある。でも私なんかに結衣ちゃんを幸せにできるとは到底思えない。それに仕事で家に帰れていないから結衣ちゃんに構えるのかも重要な問題だ。

「わかった。」

「サインしてくれるの?」

「いいよ。」

私は残された私の名前を書くところに自分の名前を書いた。

「やったー。」

「優奈ちゃん。うちの結衣をよろしくお願いします。」

「優奈。結衣ちゃんを大事にするのよ。」

「頑張ります。絶対に結衣ちゃんを幸せにします。」

私は二人に宣言して、隣で幸せそうに婚約届を見つめている唯ちゃんに話しかけた。

「今結衣ちゃんはどこの高校通ってるの?」

「高校?そこの学校だよ。」

そう言って結衣ちゃんは窓から指で指した。

「そうなの?」

「うん。ここが良かったから。」

「.....わかった、結衣ちゃんメッセージアプリは持ってるよね?」

「うん。」

「じゃあ交換して。」

私のメッセージアプリに数年ぶりに新しい友達が追加された。

「じゃあ2週間後に連絡するから。婚約届出す時もその時でもいい?」

「今日じゃないの?」

「ちょっと準備することがあるから。」

「本当?」

「うん。絶対。」

「じゃあ楽しみに待つね。」

「うん。待ってて。」


「二人とも話は終わったかしら。」

「うん。」

「じゃあ出るわよ。」

お母さんは立ち上がってレジまで歩いて行った。さすがに自分の分くらいは払おうと私もお母さんについて行った。

会計を済ませて外に出る。

「どこか行くところあるの?」

「優奈もびっくりすると思うわよ。」

「どこだろ。結衣ちゃんは知ってる?」

「ふふふー。ついてからのお楽しみだよ。」

結衣ちゃんはニコニコしながらそう言う。かわいいな。私の隣に並んだ結衣ちゃんはナチュラルに私の手を取って握ってきた。私も軽く握り返した。お母さんと羽奈さんはカフェから出てすぐのところにあるマンションに入った。お母さんはエントランスで管理人さんと少し言葉を交わして鍵を受け取った。そのあとエレベーターに乗って移動した。周りの建物を見下ろすくらいの高さの階で降りるといくつかドアが並んでいるうちエレベーターから一番離れている部屋に鍵を刺してドアを開けた。

「綺麗な部屋。」

前面フローリングで玄関も広々としている。部屋に入ってみるとリビングもあってそのほかにも3つ部屋があった。

「なんでここに連れてきたの?」

「優奈も予想はついてるんじゃない?」

「それは.....まあ。」

「結衣ちゃんと同棲してくれない?」

「だよね.......それにしても急すぎない?」

「それは私から説明するわ。」

羽奈さんが私の前に立った。

「また転勤が決まっちゃって。さすがに結衣も高校は離れたくないみたいでそれなら優奈ちゃんに任せられないかなって。」

「わかりました。大丈夫です。」

「ずいぶんすんなり納得したじゃない。」

「だって婚約届出すの2週間待ってもらおうとしたのも部屋探ししたかったからだし。」

婚姻届に書く住所の欄がまだ空白だったのでどうせならもう少しいい部屋に引っ越したかったのだ。

「じゃあ婚姻届に書いちゃうわよ。」

「お願い。」

お母さんはこのマンションの住所を書いた。この部屋10階にあるんだ。

「じゃあ婚姻届二人で出してきなさい。」

「はーい。お姉ちゃん行くよ。」

「うん!」

私たちは必要なものをバックに入れて家を出発して役所に向かう。結衣ちゃんとしっかり手を握ってマンションから出た。すると唯ちゃんが手をほどいた。

「どうした?」

「私たち結婚したんでしょ?」

「そうだね。」

「じゃあこっちの方がいいんじゃない?」

結衣ちゃんは指と指を絡めるようにして手を握ってきた。さっきよりも結衣ちゃんの体温がダイレクトに伝わってくる。

「ずっとこうしたかった。」

「私としてはまさか覚えてるとは思わなかったけどね。」

「私はずっとお姉ちゃんのことを想ってたけどね。」



「はい。大丈夫ですよ。結婚おめでとうございます。」

役所で担当してくれた女性がそう言ってくれた。

「「ありがとうございます。」」

お礼を伝えてから役所を出る。

「緊張したー。」

「ね。」

また手をつないで家に帰る。

「なんかお姉ちゃんと一緒の家に帰れるの嬉しくて夢みたい。」

「私も結衣ちゃんと帰れてうれしいよ。」


家に着くとお母さんたちはまだ家で待っていた。

「おかえり。ちゃんと出せた?」

「うん。不備はなかったよ。」

「じゃあご飯にしましょうか。さっき出前頼んだの。」

お母さんはキッチンに行くとお寿司を持ってきた。

「お寿司だ!私卵食べたい。」

「先に手を洗ってきなさい。結衣。優奈ちゃんも。」

「「はーい。」」


お寿司を食べた後私はいくつか聞かなきゃいけないことを思い出した。

「そういえばこの家ってこれから家賃は私が払えばいい?」

「このマンションは羽奈さんの旦那さんが管理してるから家賃は気にしなくてもいいわ。」

「そうなんですか?」

「ええ。だからお部屋が足りなくなったら言ってね。隣の部屋も抑えるから。」

「それは大丈夫です......」

そういえば私結衣ちゃんのお父さんに会ったことないな。今度挨拶行かなきゃ。

「少しは支援するけど消耗品とか食費とかは自分で賄うのよ。」

「はーい。」

ほぼ手を付けていない給料があるからしばらくは問題ないだろう。

「じゃあ私たちはこれくらいで帰ろうかしら。」

お母さんと羽奈さんが立ち上がった。

「え、私も帰ろうかな。ベッドとかもないでしょ?」

「家具ならもうおいてあるわよ。私と羽奈さんで選んだのが。」

「楽しかったわよねー。家具選ぶの。」

「ね。年甲斐もなくわくわくしちゃったわ。」

「じゃあそういうことで私たちは帰るから仲良くやるのよ?」

「じゃあねー。」

お母さんと羽奈さんはお寿司のごみを片付けてから帰ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る