第9話【悲報】ライム姫の誤算2

「ライム姫。ご報告にございます」


「なにかしら?」


 あの男はもう追い出した。

 何処かでくたばってもこちらに被害は出ない。

 何せ追い出した場所は他国の領内。

 被害が出るのならそこなのだから。


 頭痛の種が消えたことによる平穏。

 ただ、のんびりもしてられない。

 隣国のフレッツェル、こちらに間者を送り込んできているカースヴェルト。

 ウィンディア連邦は無視すればいいが、目を光らせておかなければいつか痛い目を見るのは目に見えていた。


「勇者様が最後の訓練を終了いたしました。つきましては褒美がほしいと申し出が」


「いよいよですか! それくらいでしたら、如何様にもなさってください」


 ライムは上機嫌で部下にそう伝えた。

 しかし部下は何かを言いたげに、口ごもる。


「まだ何かあるの?」


「それが、以前追い出したあの男が食べていたものを食べたいと言い出しまして……」


「は?」


 ライムは何を言われたのかわからないという顔をした。


 なぜ、勇者は毒物を好んで食べるというのか?

 そういえばあの男が残したリングを受け取っていたか。


 微弱だが毒よけの効果があると聞いた。

 一度調べさせたので間違いない。


 しかしあの男に振る舞った料理は、微弱どころじゃないほどの毒素、複合毒が含まれている。

 どんな屈強な戦士でも、意識を失い、絶命する。

 そんな猛毒。


 せっかく育てた戦力にそれを与える?

 意味がわからない。

 これから戦争に投与しようというときに、食中毒を起こされては事だ。


「何か似たような感じの食事にはできませんか?」


「それが、すでに何品か召し上がっていただいたのですが」


「どうでした?」


の一点張りで」


「ぐぬぬ、どうしてこう、事がうまくいかないのですか!」


「あの男を追い出しても、なかなかうまくいかないものですな」


「わかっているのならなんとかなさい!」


 感情のままに怒声を上げる!

 ライムはまだこの時は知らなかった。

 この問題が更なる悲劇を生むことを、理解できずにいた。


 ◇



 俺、美作大吾みまさかだいごは幼馴染三人組と一緒に、この世界に勇者として召喚された。


 大吾達以外にも変なおじさんが召喚されたみたいだけど、今は別行動中だ。


 本当はもっといろいろ話したいことはあるんだけど、今はこの国を出るための準備を始めていた。


「大ちゃん!」


「マサ! お姫様はなんだって?」


 隣の家の金剛将生こんごうまさきは剣聖として召喚された。

 剣を振るうのなんてもっての外、ライトノベルやアニメの話でしか盛り上がらないこいつが剣聖? だなんて当時はあまり信じてなかった。


 けど月日が経つうちに、どんどん逞しくなっていって。

 俺も気が抜けない状況になった。

 こいつ、どんどん垢抜けてって油断できねぇ。

 昔から女子ウケはいいツラしてたからな。


 しかし今は違う、とても頼れる存在になっていた。

 数日前までの俺も、少しおかしくなっていたが、おじさんにもらったリングのおかげで完全に正気に戻っていた。


「やっぱりおじさんに出してたコロッケは僕たちには出せないって」


「意地悪してるって言うんじゃないんだよね?」


 聖女として一緒に召喚された高遠美桜たかとうみお

 色気より食い気のスポーツ少女。

 幼稚園が同じで、近所に住んでることから、よく三人でつるんでいる一人だ。


 ボーイッシュな性格で、男兄弟の中で育ったもんだから性格も男っぽく、正直中学に上がる前まで男だと思ってた節があるくらいの奴だ。一人称は高校に上がると同時に僕からあたしに変えて気持ち女子らしさをあげたが、中身は昔のままだったりする。


「それはないみたい。ただ、出し渋るってことはやっぱり」


「……猛毒か」


「うん。でも、このリングも多少の毒は払えるんだよね?」


「おじさんが言うにはな」


「でも私たちが欲しがった時の慌てっぷりを考えたら……」


 美桜の言うとおり、確実に微弱毒ではないってことだよな。

 あのお姫様は自分に逆らう相手にはとことん容赦しない性格って事が判明した。


 対して優秀な能力を持ち、言うことを聞く分には優しい。

 しかしその優しさが返って俺たちを疑心暗鬼にさせていく。

 その先にあるのはなんだ?


 言うことを聞かせて俺たちに何をさせるつもりなのか。

 いまだにそのことを何も話してくれない。

 強くなり、国に貢献してくれ。その一点張りだった。


「だからお姫様はおじさんが毒に強いって知ってたんだ」


 食事に毒を入れてたんだ。

 たまに具合が悪くなってたのはそのためか。

 だったらどうして言ってくれなかったんだよ。


「じゃあ、おじさんがしらばっくれてたのは?」


「あたしたちに心配させないためだと思う」


 美桜の言うとおりだったら、どしてそんな我慢してまで見ず知らずの俺たちを庇うんだよ。


 俺たちは自分たちがこの国を救うんだってすっかり調子に乗ってた。

 おじさんがどんな目に遭わされてるかも知らずに。

 とんだ道化だ。


「馬鹿野郎が、俺たちより貧弱なくせに!」


 怒りのぶつけどころがわからない。

 みんなも同様に思ってるみたいだ。


「このままじゃおじさんが危ないよ!」


「いや、でも……もしおじさんが本当に毒に強いのなら、まだ命はあると思う。そう言う場所に調査に行ったんだよね? それよりも今は僕たちのことだよ」


 マサの言うとおりだ。

 すぐにはどうこうされないだろうが、それは安全が確保されてる街の中だけの話だろう。

 外となったらどんな魔物が潜伏してるかもわからない。

 危険がない場所とはお姫様は一言もいってないからな。


「ああ。おじさんにもらったこのリング。これをつけてから、随分と体と心が軽くなった」


 それでもまだ、お姫様に逆らえない。

 何かの力が働いている。それがなんなのかわからないけど。


 今の俺たちにできることは、おじさんと合流して、恩を返すことだった。

 そしてどうにかしてあのコロッケを食べたい。

 できれば日本に帰りたいが、それはまだわからない。


 お姫様が素直に返してくれるかわからないし、そもそも今日まで帰るための方法などの話も出ていない。

 最初から返す気がなかったんだろうなってのは賢くない俺にもわか流ことだった。


「勇者様方、お食事の準備ができてございます」


「いま行く!」


 俺たちは正気に戻った後も、なるべく高圧的な態度を取るようにした。

 それがお姫様の望む勇者の姿だから。


 名前は呼び捨てで、他人を下に見る。

 自信に溢れていて。そして、弱者には容赦しない。


「大吾、行くぞ」


「ああ」


 マサもしっかり俺を呼び捨てにするのに慣れたようだ。

 俺もうっかりあだ名で呼ばないように気をつけ、食堂に向かう。

 

「勇者様、可能な限りムーン様に出していたお食事に寄せたお料理を出します。それで満足していただけませんか?」


 そして姫の瞳が怪しく光った。


 また何かの力が働いている。

 俺たちがこの力に抵抗できる日はいつ来るのだろう。


「いや、俺たちはそのままで構わない。それよりも何か? お姫様は俺たちに食べてほしくない理由でもあるのか?」


「もしかしておじさんに与えてたのはとんでもない猛毒だったりして! キャハハハハ!」


「俺たちがそんなチンケな毒にやられるとでも思ってるのかよ。こっちにゃ最強の聖女様である美桜がいるんだぜ?」


「そのとおりだ。状態異常にかかったら解除頼むぜ? 聖女様」


「まかしてまかして」


 俺たちは過剰な身振り手振りで姫様に条件を押し通し。

 そして件の特別メニューを口にした。


 食べる順番をしっかり決められての食事は味気なかったが、頬張った口の中では爆発的な旨味の洪水が溢れかえる。


「うお!」


「勇者様! どうされました?」


 姫ってば慌ててるぜ。

 あまりの美味さにオーバーリアクションしちまった。

 これは確かにあのおじさんが絶賛するのも頷ける。


 このジャンク感、故郷のあの味だ。

 ただのコロッケにこれほど郷愁の念を感じるとは思わなかった。

 そして粗雑に揚げられた物体の正体は鶏の唐揚げだった。

 何かのハーブの味が染み込んでいて、抜群にうまい。


 おじさんが絶賛するわけである。

 ここにコーラもあれば最高だったのに。

 流石にそこまでの贅沢はさせてもらえないか。


「おい、大吾。味は?」


「最高!」


「体調に変化は?」


「今んとこないな。美桜は何か結界張ってるのか?」


「まだ何もしてないね」


「じゃあ、これからは俺たちも食べて大丈夫ってことか?」


「いや、俺は勇者でお前は剣聖。体の作りが違う。俺と澪に耐性があっても、お前はその限りではないんだよ。だから美桜、お前が食うのは最後になる。次は将生の介護に回ってくれ」


「ハァ? 何それ、横暴じゃん! あたしだって食いたいのに!」


 これは素だな。あいつは割と演技しなくてもああいう性格だから楽だよな、と思う。

 俺たちに対して普段から呼び捨てだし。


「俺は病人じゃないんだがな?」


「ばーか、病人候補生がナマぬかすな。それよりこいつのおかわりをくれ! 俺には耐性がある事が判明した。なんなら毎日これでもいいぞ!」


「直ちに用意させます!」


「じゃんじゃんもってこい! 戦いに勝利するたび、皆で食べよう!」


「わたくしたちはご遠慮させていただいても?」


「おいおいお姫様。俺たちのお気に入りが口にできないとでも? これからこいつが国民食になるんだぞ? 俺たち勇者の好物として、国に広く広めるべきだろう」


「流石に戦果を上げる前からそれは……」


「なら約束しろ。俺たちが魔物をぶっ殺すたびにこれを皆に分け与える。もちろん金は俺達から出す。これでどうだ?」


「お金の問題ではございません! わたくし達高貴な身分がこんな粗末な料理は口にできないと申し上げています!」


「粗末な料理とか言うなよ。勇者様のお気に入りフードに対してよ」


「それでしたら、ご用意しますので、勝手に勇者様達だけで食べててくださいな! くれぐれも我々を巻き込まないこと! いいですね?」


「ああ、わかった。お姫様達は巻き込まねぇよ」


 はな。

 部下や大臣達はその限りじゃねぇけど。


 俺は約束を交わし、結局三人とも大して食中毒にならないのを確認しながら久しぶりの日本食に身を委ねた。

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