第8話【朗報】僕の蘊蓄はここぞで役立つ

「アキトさん、この前教えてもらったこの手袋、すごくいいわ。あの植物って触ると爛れるでしょう? けどこれをつけたら全然平気なの! もう、すっごい便利で作業が段違いに捗ったわよ!」


「ありがとうございます」


 拠点での生活は二週間目に突入していた。


 正直なところ、僕のやる仕事は変わらず毒物の採取とその解毒法に尽きる。

 だからと言って、僕だけ対処できても仕方ないので、こうやって集めた知識を共有して避難民に仕事を割り振るのである。


 ただでさえここは獣人が多い、というより僕以外は獣人だ。

 最初こそ「耳無しだー」なんて言われたものだが、フレンダさんのお気に入りなのでガチ恋勢は僕に手出しできないでいるのだ。ケケケ。


 だからと言って僕がやりたい放題できる環境でもないので、趣味のデバフ集めに邁進しつつ、そこで集めてきた知識を何かしらの形にしている。


 そのうちの一つがかぶれ防止の手袋だ。

 毒って特性上、触ると手がかぶれたり、焼け爛れるものが多くてね。

 僕のような耐性持ち以外が触るのは基本お勧めしていない。

 だからこの拠点、あるいはキャンプ地では毒物の持ち込みは基本禁止。


 だったんだけど、僕の解毒術を理解してからは一部取り扱い可能となっていた。

 そこに利用価値があるとわかれば、毒でもなんでも喰らってでも生き延びてやるという覚悟を見せつけられちゃったらね、僕も悪い気はしないわけで。


「おにーたん、じゅーちゅ!」


「はいはい、今日もお手伝いしてくれたらいいぞ」


「わーい! みんなも呼んでくるね!」


 女性と子どもたちからの人気も高いのもあって、働き盛りの男親とフレンダさんの親衛隊からは絶賛恨まれ中なのを除けば順風満帆だ。

 相手の動機が非常にシンプルだからね。


「おう、あんたか。隊長のお気に入りって奴は」


「ええ、そうです。僕が隊長のお気に入りです」


 初手喧嘩腰+メンチ切り。

 僕も一歩も引くことはなく対応する。

 とはいえ、ここで無駄にメンチを切り結んでも疲れてしまうのでこちらから折れておくことにした。精一杯感謝しろよ?

 バトルになっても負ける確信はあるが、死ねばこの拠点全土に被害が広がる。

 僕は生きる災害なのだ。

 相手がムカつく態度をしてこようと、真摯に対応しなくては。

 折れるところで折れて、ほどほどに立ち回らないとな。

 フレンダさんにまた『お前の口の悪さが災いしたな』とあることないこと言い振られそうだ。


「なんもないところですが、水くらい出しますよ。まぁ座って」


 悪感情ダダ漏れの来客を椅子に座らせ、話を聞く。


「おう。世話になるぜ」


 ケモ耳男は僕の作業場をジロジロ見ながら話を切り出した。


「あんた、どうやってウチの隊長に取り入った?」


「え? 命乞いして?」


「そんなんで冷酷無比なうちの隊長が耳なしを拾うはずないだろ。ただでさえ敵国の人間だ。疑う余地なくボンッだ」


 握った手のひらを広げてジェスチャー。

 お得意の爆炎魔法だろうね。あの人は、ことあるごとに燃やそうとするんだ。

 それが手っ取り早いからね。


 ちなみに興味本位でそれらの魔法を受けたことがある。

 全属性、得意から苦手分野に至るまで。


 なんでそんなことをしたかって?

 魔法なんていう状態異常のメッカ、見逃す手はない。

 僕はこれしか生きていく上での伝手がないので平常時でも耐性は上げていく所存なのだ。


 しかしお相手はそんなことも考えつかないのか、能天気そうな顔で今頃この世にいないだろうことを示してくる。


「ああ、最上級魔法の『獄炎竜』ですね。あれは暑かった。いっぱい火傷した」


「暑いで、火傷で済むもんなのか?」


「ええ。僕の特性ご存知でしょう?」


「デバフ無効だったか?」


「無効ではなく、耐性です。その場に身を投じることによって、どんどんとその苦しみに耐える。ブラック企業で働く戦士にだからこそ、備わった技能ともいえます」


「ぶらっ……なんだ?」


「ああ、いえこちらの話」


 そこ、突っ込んでくるなよな。

 空気の読めないやつだ。


「とにかく、お前が来てから隊の様子がおかしい。お前が何かしらしてるんじゃないかってもっぱらの噂だ。これから何度か確認に来るがいいか?」


「まぁ、そこは全然。なんなら僕の任務変わってくれてもいいですよ?」


 お前らの憧れのフレンダさんと一緒に歩ける任務だぞ?

 嬉しいだろ?


「それは御免被る。というか、隊長の決めた作戦に我々が口出しできるわけないだろう! 避難民から徴兵された我々が!」


「でも、僕には言うじゃん?」


「そりゃ耳なしだからな」


 解せぬ。


「ねぇ、さっきから何が言いたいの? 僕が邪魔だって言うんならさっさとここから出ていくよ。その場合フレンダさんにあなたの身体的特徴を伝えた上で密告するけど。それとも僕の仕事を引き継ぎたいの? だったらやってもらいたい仕事がたくさんあるんだ。仕事はあるくせに人手が全く足りないんだよ」


「違う違う。そのどちらでもない。我々はお前の仕事を代わりたいわけでも追い出したいわけでもない」


「じゃあ何?」


「単純にお前がムカつく、羨ましいだけだ。我々に持ってない魅力で隊長に取り入った。好ましく思ってない大半の理由はそこだ」


「だから仕事を教えるって。女性陣や子供達ですらやってるのに、この中でやってないのあなたたち耳つきの男性陣ばかりですよ?」


「それはできぬ理由があるのだ」


 ほう、どんな理由があってできないのか聞こうじゃないか? 


「我々フレッツェンのオスは力自慢で生きてきた。力仕事はオスの仕事。細かい作業はメスの仕事。それぞれ手分けして作業してきた。今更細かい作業をしたところで鼻で笑われるだけだ」


「ただのメンツの問題じゃねーか!」


 僕は勢い余ってその男のチャームポイントである可愛いクマ耳をペチンと叩いた。

 女の子についているなら可愛いものだが、むさ苦しい男の上につけててもむさ苦しさが増すだけだわ!

 

「だから奥さんや子供達にも見限られるんだよ。ここ最近旦那が力自慢ばかりしてきてうざい、だのよく聞くよ?」


「何? あいつそんなことを!」


「いやいや、聞いた話だって言ったでしょ? そもそも僕は、あなたの名前も知らない。家族構成だって知らないのに、どうしてそんなピンポイントで言い当てられると? もしかして身に覚えが?」


「ない! ないに決まってる!」


 こりゃ図星だな。

 僕はニマニマしながら話を促した。


「それはさておき、今日は体臭でお困り、と言う旨であってますか?」


「誰の体臭が匂うだって!?」


「あんた」


 僕が指差し、その指を掴んで握り潰そうとする熊男。


「実際くさい。奥さんやお子さんから『ぱぱくちゃい』だの言われてるんじゃないか?」


「ぬわーーーー!」


 図星だったようだ。熊男は頭を抱えて叫び出してしまう。

 しかしまぁ、獣人が匂いにこだわりを持つのはわからなくもない。


 ナワバリで争う都合上、強者の匂いというのは弱者を退ける印となる。

 が、戦場において、強すぎる匂いというのは相手に場所を知らせるようなものだ。


 特に力で手に負えないと分かれば、毒や呪いなどでゴリ押ししてくる。

 強い力には強い力を。

 故に今、この人は窮地に陥っている。


 徴兵された村人だと聞いた。

 さぞかし力自慢だったのだろう。

 しかし今、僕がむかつくという理由だけで油を売りに来ている。

 そんな暇なんてないだろうに。


「実際の話、徴兵されてから自分の力が通用しないことがよくあったんじゃないか?」


「なんでそんなことがわかるんだ」


「僕って、それなりに苦労してるからさ。みるからに強そうなのに、こんなところで暇を持て余してる人って、何かしら欠陥を抱えてる場合が多いいんだ。だからさ、その原因はあなたが大事に思ってる強者の匂いに関係してるんじゃないかと思った。今まで通り、獣や同族になら通じる。しかし相手がゼラチナスの勇者や、カースヴェルトの呪術師には手も足も出なかったんじゃない?」


「貴様に何がわかる!」


「何もわからないさ。僕は耳つきじゃないからね。でも、君の悩みを解決することはできる。その匂い、綺麗さっぱり消して見せようか?」


「そんなことが可能なのか?」


「もしできたら、僕のいい噂を流してよ、クマおじちゃん」


「ベアードだ」


「僕はアキトだよ」


 策は授けた。そして彼は新たな力を得る。

 熊男、ベアードがさった後、女性陣が子供を連れてやってきた。すぐにその家族が名乗り出る。


「ウチの主人が来てませんでしたか?」


「実は体臭が気になると深刻そうな顔でそんだんにこられまして」


「パパ、痛いことしなかった?」


「ああ、大丈夫。肩書をフル活用して黙らせましたから。僕に手を出せばフレンダさんが黙ってませんよ、と」


 小粋なジョークを飛ばし、彼に授けた策を披露する。

 この手のレシピは全員が知っておいて損はない。


 熊おじちゃんことベアードには匂い0の。

 女性陣には汗の匂いを消して花の香りを纏わせる香水使用を。

 子供達には甘い花の香りを纏わせた。


「わ、いいにおーい。しやわせー」


 子供達は自分の服についた匂いを嗅ぎ合って幸せそうな顔をした。


「これは良いものですね」


 女性陣も水浴びなどしてる余裕もないこの環境に苦言を呈していたらしい。

 ここでこのアイテムは彼女達のやる気をみなぎらせるのに最適だった。


「旦那様の匂いが気になる奥様方。そして軍の皆様には拠点の匂い消しと様々なことに用いられると思います。相手はそこまで高い嗅覚を持ち得ぬ種族ですが、使役するであろう獣は皆様方と同等かそれ以上の嗅覚を持つことでしょう。匂いは重要な追跡手段ですよ」


「確かにそうですね。我々獣人こそが頂点であるとどこかでたかを括っておりました。さすが隊長が優秀と太鼓判を押すアキト様です」



 ◇



 そしてベアードは。


「は、ははは、こんな、こんな簡単に打ち取れた、だと?」


 今まで、近づく前に逃げ仰られていた呪術師やその怨霊兵器達。

 しかし今日はそれがない。むしろ必殺圏内に近づいても相手は気づかなかったのだ。


 そして自信な最大威力をたっぷり練り上げて見舞い、成果を持って拠点に帰還する。


「よくぞ成果を持ち帰ったベアードよ。しかし徴兵されてから成果が振るわないと嘆いていたお前が一体どんなトリックを使ったのだ? 皆が不思議な目でお前を見ていたぞ」


「実は……」


「ほう」


 またアキトが知識を提供した。

 それは匂いを除去するという画期的なものだった。

 人間種より優れた嗅覚を持つフレッツェンの獣人達。


 しかし人間といえども使役するのが獣人より鋭い嗅覚を持つ獣だった場合、その強みは消え去るのだ。

 ここ最近は拠点への襲撃がないと思っていた。

 もしかしたら移動の際にアキトが何かしていたのではないか?

 そのように思い浮かべ、フレンダは口角を上げた。


「大義であった。本国にこの旨伝えておく。村の再建の一助になれば良いが」


「ハハ、全ては獣王の御心のままに」


 ベアードがテントを去ってから、フレンダは独言る。


「ゼラチナスの王女よ、心から感謝するぞ」


 劣勢に陥っていたフレッツェンは攻勢に転じるだろうことを確信して、フレンダは本国に徴用したい人間種がいる旨を手紙に書き足した。

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