第4話【悲報】ライム姫の誤算
「おめでとうございます、ライム姫。此度の召喚により、三名の勇者様がお越しくださいました」
「そう、それは僥倖だわ。それで、能力の程はどうなっておりますの?」
「それが勇者・剣聖・聖女と数百年に一度の揃うかどうかの手駒の獲得にございます」
「すごいわ! すぐに実戦に投入できそうかしら?」
「残念ですが年齢が若く、少し支配を強めねばなりません」
「そう……」
ライムはベッドから起き出して、窓の外を覗き込む。
自身の祖父が始めた世界征服の野望は、親の代でも終わらず、ライムの代まで引き継がれた。
長い戦いに終止符を打つために、異世界より戦力を呼び出すことも多かった。
しかしその技術は他国に持ち出され、戦争は泥沼化した。
「会うわ。支配を強めるには私が直接目で見なければなりませんから」
「ええ、それと」
「まだ何か?」
「取るに足りないことなのですが、もう一人。能力開示をしないものがおります」
「少し遅れて召喚したの?」
「いいえ、そういうわけではありませんが。何かとこちらの支配の掛りが悪いようなのです。姫様の支配も抵抗してくる可能性もあります」
代々この国の召喚室には、複数の香が焚かれて召喚したものの意識を刈り取り、能力を自白させ、意識を帰還に向けさせないままに隷属化する、そういう作業が執り行われていた。
気分を高揚させ、帰省本能を取り払う。
国に貢献することを何よりの誉と思い込み、死ぬまで扱き使う。
その技術が先鋭化されていた。
「そう、邪魔をするようだったらいつも通り殺して家畜の餌になさい。我が国に無能は必要ないの」
「仰せのままに」
他愛のない、ライムにとってはどうでもいい話だった。
手に入ったカードをどの戦場に采配しようかと熱に浮かれながら、ライムは着付けられたドレスを纏って謁見室に降り立った。
「ようこそ我らが召喚に応じ、お越しくださいました、勇者様方!」
「俺たちが、勇者?」
「嘘、信じられない。そういうのは物語の中でだけだと思ってた! 大ちゃん、僕なんかに剣聖なんて無理だよ」
「私も、聖女とか柄じゃないっていうか」
仲の良さそうな幼馴染なのだろう。
一人は威勢こそいいが、やや腰は引けている。
もう一方は精神があまりにも虚弱。これではせっかくの能力が宝の持ち腐れ。少し精神をいじって。
あと最後の少女、こちえらも多少優しすぎる。相手を見下すように精神を調整して……
キィイイイン!
「うっ!」
「はっ!」
「ウギッ!」
三者三様。胃の内容物を吐き出しそうな挙動から、少し時を経て完全に支配が入ったのを確認した。
「お加減はいかがでしょうか、勇者様?」
「ああ、随分と気分がいい。どこかでずっとつっかえていたモヤが晴れたみたいだ」
そのモヤは、倫理観。
この世界において一番邪魔な要素だ。
誰かを傷つけることを恐れていたがために命を落とすなんてよくあることだ。
だからそれを取り払って、さらに支配を強める。
「素敵ですわ、勇者様」
勇者ばかり贔屓にしていたら、先ほどまで弱音を吐いていた剣聖が目の色を変えた。
「おい、大吾。お前ばかりずるいぞ。姫様、もっと俺にも構ってくださいよ」
一人称の変動。
先ほどまでは少し気弱だったために僕と言っていた少年が、自身を大きく見せようと俺という言葉を使い出した。
やはり男は手玉に取りやすい。
少し贔屓してやれば勝手に牽制し合うからだ。
「ちょっと、ここにも女子がいるんですけど?」
「悪かったって美桜」
「美桜は彼女っていうより妹みたいに思ってて、なぁ?」
男二人は口裏を合わせるようにヒソヒソ話をし始める。
「ちょっと、何それー」
「ふふふ、皆様仲がよろしいのですわね」
「あ、ごめんなさい。あたし達、お姫様の前ではしゃいじゃって」
「全く、美桜と来たら」
「大吾もだよ?」
「お前だってそうだろ」
これでこの三人はすっかり自分に気を許した。
しかしもう一人は……
何故かその場で寝こけている。
支配の香が効いているのなら、こうまで寝こけはしないだろう。部下の言っていたように、何かしら支配の香を退ける何かがあると思っていいだろう。
ライムは警戒をしながら手懐けた勇者に促した。
「あの、あちらの方はあなた方のお知り合いというわけではないのですか?」
「いや、知らないな」
「おじさーん、起きてーおじさんったらー」
少女が揺さぶり、男二人はライムのそばから離れず大声で牽制した。
男がそんな調子でどうすると思いながらも、寝ていた男はようやく起き上がる。
「あれ、どこだここ」
まだ寝ぼけていたようで、ここがどこであるかを考え始める。
本当に支配の香が効いていないのだ。
普通であれば場所がどこか気にしもしないはずなのに。
これは直接支配をしてやらねばならないだろう。
ライムは乗り出し、最後の男へ支配をかけた。
「よくぞ我が願いを聞き届け召喚に応じてくれました勇者様。あなたの能力をお聞かせ願えませんか?」
支配に隷属化までの重ねがけ。
これに抗える異世界人はいない。
これは他国に洗脳された勇者を手駒にするための必殺のコンボである。
ここまでしたのに。
その男は自分の名を語る以外は全て黙秘した。
「え、嫌だけど?」
いまだに記憶に残る屈辱のフレーズ。
我慢強い方ではないライム姫は、このたった一つのやり取りでこの男の死刑を命じた程だった。
逆らう奴には死を。
国は舐められたら終わるのだ。
ライムは特に祖父の血を濃く引き継いでいた。
しかし食事中に毒物を混ぜ込むも、相手は余裕綽々で乗り切る。
いまだに能力は割れない。
支配を無効化してるのか?
そう思っていたライムだが、確かに相手がダメージを負っている状態を目にした。
一口目はどこか息苦しそうにしてるのだ。
部下からの報告にライムは気をよくした。
効いてはいる。
ただ、通りが悪いのだ。
食事後、本当に人が死ぬのか奴隷を使って確かめた。
食べた奴隷は首をかきむしって泡を吹いて絶命した。
たった一口でだ。
ムーン=ライトはそれを余裕で完食し、なんならおかわりまでしてみせた。
本当に忌々しいやつだった。
ライム姫は毒殺以外の手で始末を命じた。
部下から報告を聞き、邪魔者が消えた朝を散策しようとしたところで悪夢を見た。
「あれ、姫様おはようございます」
「なんでここにいる!?」
部下は死んだと報告してきた。
実際に何度も刺殺された経緯が服についている。
そして夥しい量の血痕。
普通であれば出血多量で死んでいてもおかしくはない。
なのに生存している。
しかしここで朗報があった。
男の能力が割れた。
それが『解析』という能力だった。
絶対に嘘だ。
鑑定の派生みたいな技能で、支配の力を退けられるわけがない。
だがライムの疑いを晴らすように、ムーン=ライトは部下達に向けて能力をお披露目していく。
その様子を見て、これは生かしておけば、いずれ大きな敵になると踏んだ。
そして再度暗殺者を仕向けた。
今度は死ぬのを確認するだけではなく、粉微塵にして文字通り家畜の餌にするよう命令した。
しかし翌日、
「大変です、姫様!」
「今度はいったいなぁに!?」
ライムはここ数日満足に眠れていない。
原因ははっきりしている。
無能な癖して何度も不可解な生還をしている男、ムーン=ライトにあった。
今度こそ仕留めたという報告ではないだろう。
だったらこんなに慌てて駆け込んでくるはずもないから。
「それが、確かにバラバラにして家畜の餌にしてやったのです。そうしたら家畜が一匹残らず息絶えました」
は?
「一匹残らずとはどういうことよ。人間一匹、たいした数の餌にはならないでしょう? 王国の家畜牧場がいったいどれだけあると……」
「それが、可能な限り細かくして餌にせよというご命令ですので、屠畜場でミンチにしたのち餌に混ぜたのです」
「量だけはある上、それが全ての国内の家畜場に行き渡ったというわけね? それで一匹残らず死んだ? 畜産業者は? 家畜が死んだのだから、そちらにも被害があったのではない?」
「いいえ、それが……」
死んだのは家畜だけという話だ。
けれど、そこまでしたのならあの男もいよいよもって死んだだろう。
その代償として国中の家畜を失ったが。
笑えない。
実際に笑えないほどの被害が出ている。
「ふふふ、ふふふふふ」
だが、笑わなければ気がおかしくなりそうだった。
「あの、姫様?」
突然暗い顔で笑い始めたライムを前に部下は次の報告をしていいものか迷っていた。
実際、そこまでされたらいかな英雄とて流石に死ぬ。
ライムでなくとも他国の勇者を奪うか、次の勇者の召喚を考えるものだ。
何はともあれ、うざったいやつは死んだ。
あとは失った家畜をどのように取り戻すかを考え、そこでまだ室内に残ってる部下を一瞥した。
「報告はもう終わりでしょ? 早く持ち場に戻りなさい」
「いえ、まだその、本命の報告がありまして」
「本命の?」
なんだそれは。まさかそこまでされてあの男が生きている報告じゃないだろうな?
こちらはただでさえ多くの家畜を失っているんだぞ?
食肉だけにとどまらない。馬車や農耕馬も含めて全ての家畜をだ!
頭がどうにかなりそうだった。
「やぁ、お姫様。毎晩熱烈歓迎で嬉しいね。今日はどんな歓迎をしてくれるんだろうか?」
「いやぁあああああああ!」
ライムは絶叫した。
確実に殺したはずの相手がそこにいたからだ。
幽霊にしてはやけにはっきりと、その上でこちらが何か仕掛けたと理解しながら皮肉の一つを投げかけてくる。
悪夢以外の何者でもなかった。
そして、頭痛の種の原因であるムーン=ライトの放逐を命じた。
家畜の餌にしようにも、家畜が死ぬ。
殺しても生き返り、毒物は効かない。
だったら他国に引き渡し、他国の足を引っ張るための布石にした方が精神衛生上良いと判断した結果だった。
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