観光客 前編
キュッチャニアに訪れる数少ない観光客、定期的に足を運ぶものはさらに少ないが、彼はそのごく少数の中の一人だった。
「今年も来たのきゅー?」
すっかり顔なじみになった入国管理のモモンガが顔を見てそう言った。
「こんなによく来るのは君くらいだきゅー」
入国許可のハンコを押しながら世間話をする。
外国人向けの受付窓口はガラガラだ。
お決まりの賄賂の催促すらしない。
「そんなにお祭りが好きなのきゅー?」
そういわれた観光客は照れたようにはにかんだ。
「楽しんできてきゅ~」
もはやフリーパス状態の入国管理に今度は苦笑いをしながら、空港ロビーへと彼は歩き出した。
キュッチャニア国際空港のがらんとしたロビーを眺める。
それなりに豪華ではあるが、地元のモモンガも外国人もめったに訪れることのない空港ロビーは何ともわびしさを感じさせる。
キュッチャニア革命記念式典が間近に迫っていることを知らせるのは壁に貼られた真新しいポスターと、
申し訳程度の飾りつけを施されたロビー中央にそびえ立つキュッチャン総統の像ぐらいのものだった。
時折、国内線用の古いプロペラ機が滑走路に着陸しては、記念式典を見に来たモモンガたちを機内から吐き出していく。
彼は旅の記念に、少し寂しそうな指導者の像を写真に撮ると空港を後にした。
空港からシティ中心部への移動は、一転して賑やかなものだった。
大型バスの中は先ほど国内線で到着したモモンガたちで満杯になっていたからだ。
「君大きいきゅー」「ムササビなのきゅー?」
「僕は、・・・人間だよ」
母国ではまず口にしない自己紹介をする。
「すごいきゅー」
「お祭りを見に来たきゅー?僕もきゅー」
モモンガたちは革命記念式典を大きなお祭りとしか認識していなかった。
モモンガたちに質問攻めされながらの道中を終えて、バスを降りると、キュッチャニア旧市街の光景が広がっていた。
モモンガ王国時代に建築された小綺麗な街並みだ。
キュッチャニア政府はこの街並みをそのままにしておくことにしていた、解体して、無機質なビル街にすることを思いとどまらせるだけの物がそこにはあった。
だが彼のお目当ては、この人間からしてみればまるでミニチュアの町のような光景でもなかった。
適当に数枚、写真を撮ると、彼はそそくさとホテルへ向かった。
「チェックインですきゅー?」
「そうだ。予約してある。サトウだ」
「きゅー、608号室ですきゅー」
受付のモモンガがそう言って鍵を手渡す。
今も拡大を続けているシティの新市街にあるグランドキュッチャニアホテルは、外国人受け入れのために作られただけあって、国際空港と同じように豪華なつくりで、サイズもモモンガにとっては大きすぎるぐらいだ。
この国の最高級ホテルだが、外国人にとっては母国の安宿以下の値段だ。
「608か、今日は意外とお客が多いのかな」
4階からが客室になっているこのホテルで、上の方の部屋に泊まることはめったになかった。
一介の観光客が泊まるには豪華すぎるつくりの部屋につくと、リュックサックを置いて身軽になり、散策に出かけることにした。
「あした~あしたはキュッチャニア革命記念のお祭りだよ~」
街灯のようなポールから四方に生えたTVモニターに映るモモンガが陽気に告げる。
「ニュースキャスターまで、お祭り扱いか」
この国に正確さを求める方が悪いといえばそれまでだが、なんとも能天気な光景にさすがにおかしくなってしまう。
「さてと、明日まで何をして過ごそうかな」
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