第21話
「……コトブキ、手伝おうか」
「いえ、これは僕の荷物なんで、お構いなく」
新幹線の駅のホームで、大きなトランクケースを抱えたコトブキを見かねて、オドロが手を差し出す。しかし彼も彼の荷物があるので、コトブキは点字ブロックに引っかかりながらもそれを拒否した。
「どうしてそんなに荷物があるんだ」
「いやぁ、色々やりたいことがあって持ってきたらこんな荷物に……」
「何持ってきたの……?」
トランクケースを凝然と眺めながら、ミズエは問う。オドロは返ってくるであろう答えを察しているのか、肩を竦めて嘆息していた。
「そりゃあ勿論、コスイベ用の衣装ですよ! カメラはちっさいデジカメですけどね」
「コスイベ……? あ、コスプレイベントか。長崎にもあるの?」
「全国の至る所に! 当然長崎にもありますよ! もちろんコミケとかと比べると規模は小さいですけど」
コトブキは興奮して飛び跳ね、声のトーンを高くしながら語り続ける。
「今まで地元のイベントにしか参加してこなかったんで、こういうの新鮮で新鮮で! 僕の推しの存在がもっと広まってほしいー! キャラデザ最高峰なんだから全人類が知ってるくらいじゃないと……」
「ストップ。ステイだコトブキ」
高揚しすぎてどんどん声のボリュームが上がってきているコトブキを抑えながら、オドロは肩を竦めた。
「ここじゃ人が多い、移動するぞ」
そう言って、オドロは最年長としてミズエとコトブキをファミレスに案内する。長崎は全体的に比較して見ても決して栄えている県ではないが、新幹線の駅の近くはそれなりに人もいるし店もあるのだ。
時間帯は丁度昼時。人が集まっている中、四人用の席に座ってコトブキはノートパソコンを開いた。
「それで、次の依頼はなんだったっけ」
言いながら、コトブキは手鏡を取り出す。そこに茫と人影が映り込み、そしてピントが合うようにシルエットがはっきりと映った。
「もしもし、見えますか?」
現れたのは、ユカリの姿だ。まるでカメラに映り込んでいるかのようなアングルで、こちらに手を振っている。
「見えるぞ」
「見えますよ」
「感度良好っす」
カリヤは人形店の運営もしているので来ていない。なので、カリヤを除いた四人の出張怪異お悩み相談事務所が臨時で出来上がった。
「それじゃ、仕事の内容を確認しますよ」
ユカリは、仕事の概要をつらつらと澱みなく連ね始める。
その依頼はつい数日前に電話越しに入ってきたもので、長崎県の山奥、辺鄙な小さな村にて、神隠しが起こっているとのことだ。
依頼者はその山で行方不明になった人間の知り合いで、不審に思って連絡してきたらしい。警察による捜査は地元民により止められてしまい、依頼者自身も探しに行ったが全く痕跡すら見つけられなかったそうだ。
結局、行方不明者は基本的に死体や荷物の一部ですら帰って来ず、完全に消息を絶っている。
また、同時に変死事件も起こっているらしい。家の中、布団の中で死んでしまっているらしい。それもナイフなどの凶器を使われた様子はなく、小さな手で体の一部を潰されているかのような有様だったらしい。
「その村の中では鏡が少ないので、あまり詳細な情報は収集できませんでした」
その隣で、コトブキはユカリが述べたワードをパソコンに打ち込んだ。
「ダイジャ……は、違いそう。ウンメ……は情報が少ないから保留。……ああもう、小説の情報とかいらないんっすよ。TRPGも」
ぶつぶつと呟きながら、コトブキはワードを変えながら検索を繰り返す。
「長崎県の田舎の神隠しって、結構絞れそうな感じするけど」
「それが結構無理なんですよねー。民俗学みたいな感じの情報が錯綜してて、正確さとかもないし、全部の情報がネットに落ちてるとも知りたい情報が確実にヒットするとも限らない。……と言うより、この怪異が長崎に限る話とも限らないんですよねー」
縦にずらりと並ぶページは、下にスクロールする毎に小説やら文献となりそうな本の購入ページやらのものになっていく。ぶつぶつと何かを呟きながら数分検索し続けるも、有力な情報は出て来なかった。
「まぁ、場所が場所だから情報も少ないしな。実際に行ってみて探ってみるしかないな」
「けど、余所者にいい顔してくれるとは限りませんよ」
昨今では、村とは基本的に過疎が進んでいる場所で外界との関わりも薄い。ただでさえ他人との関わりが薄い日本で、少ない人数で団結している集団に入り込むと言うのはハードルが高いだろう。
「それは……実際に行ってみるしかなさそうですけどね……」
ユカリも流石に鏡の中から村民に話しかけることはできない。事件が起こっている村で一見怪異でしかない、と言うか実際に怪異であるユカリが姿を表したら、事件の犯人がユカリであると疑われてしまう。
「んで、その村ってどこなんです?」
「この村ですね」
そう言って、ユカリに教えられた村の名前を再度パソコンで調べてみるも、やはりと言うべきがめぼしい情報は見つからない。基本的に都市伝説や怪談などの情報では、県なら兎も角具体的な村の名前などを明記する事は多くないのだ。
「それじゃ、行くか。何時間くらいかかりそうだ?」
「えーと……色々乗り継ぎしなきゃ」
「三時間くらいか。付近の町とかで民宿かホテルを取らないとな」
民宿、という単語にコトブキは僅かに息を詰めた。しかし他三人はそのコトブキはほんの些細な様子の変化には気が付かずに、パソコンの画面に釘付けになっている。
最終的に、その村の山の麓にある民宿に泊まるように予約を取って、村に向かうことになった。村に到着するのは三時ほどの予定で、日が落ち切る前に下山、民宿に泊まって翌日に再度の捜査に入る、と言う手筈だ。今日中に事件が解決するならば一番楽なのだが、流石にそうはうまくは行かないだろう。
一同はそれぞれのトランクケースを引きずりながら歩き出した。
予定通り、三時間後にその村にはたどり着いた。運よくバスが運行しており、滞りなく移動が済んだのだ。
そうして辿り着いたのは、映画などで見る『村』の印象と全く違わない場所だった。山の斜面に沿う形で和風の建築物がまばらに建ち並んでおり、その他は緑で満ちている。田んぼや畑がずらりと並んでいて、季節柄実っている作物は実っていた。草が動いたと思ったら、それは作物を収穫している人間だった。こちらには気がついていない。
一応道はアスファルトで舗装されているものの、あちらこちらがひび割れていて白線は掠れている。あまり人の手が入っていない印象があって、どことなく廃村のような印象が拭えない。
良くも悪くも、日本の田舎を平均化したかのような風景だ。のどかで、蝉の声や鳥の鳴き声が青空に高く響く。
神隠しや惨殺事件が起きているとは思えないほど、平穏な空気が流れているのだ。そして、それ事態が異常なのだ。
その違和感にはオドロとコトブキは気がついていて、ほんの少しの緊張感を纏わせている。ミズエは何も気がついていないようで、都会生まれ都会育ちとしては珍しい風景にきょろきょろと周囲を見回していた。
「すいませーん、そこの方」
畑仕事をしていた人間に向かって、オドロが叫びながら手を振った。その老婆は振り返ってオドロ達の姿を見るなり目を見開く。そして、人好きしそうな温和な微笑みを見せながら近寄ってきた。
「こんにちは。あら、都会から来た方? もしかして上京した子かしら。ごめんなさい、覚えがなくて……」
「いえいえ。俺たちは調べたい事があって来ましたので、ここに来るのは初めてです。棘莎凪と言います」
「あらま、どちらから?」
「近畿地方からです」
「あらま! ずいぶん遠い所から、ご苦労さま。どんな用があるのかしら」
老婆は土がついた手を黄ばんだタオルで拭いながら首を傾げた。その態度があまりに柔らかいものだから、ミズエとコトブキは思わず目を見合わせる。
「実は、上京して来ていた友人がここに里帰りしていたんですが、そこで行方不明になってしまったようで。私も仕事があって時間が取れず、ようやく今日探しに来た次第なんです」
ちなみに、オドロのセリフはただの嘘だ。老婆の言い方から、おそらくここの若者は上京した者が多いだろうと踏んでのハッタリだ。上京した者、かつ帰省していた者がいるという前提だが、老婆は得心がいった表情をしているので賭けには勝ったと言っていいだろう。
「あらま。……もしかして、森さんの所の娘さんの事かしら」
「あ、はい。ご存知で?」
「この村は狭いからねぇ。後ろの子達も、そうなのかしら?」
老婆は少し訝しげに、コトブキとミズエを見た。せいぜい十代後半の少女達が、上京するほどの年齢の女性を探しに来たと言うのは違和感があるのだろう。コトブキは身長が高いとはいえ顔立ちや雰囲気は相応に幼いし、ミズエは顔を札で隠しているから年齢はわからないだろうがその外見そのものが奇特である。
更には、日本の文化が強く残っているこの集落からは珍しいであろう神父服を纏っているオドロも不審と言えば不審だろう。
「この子達は……森さんとネットで繋がっていた子達なんです。連絡が取れなくなって色々調べてくれて、それで俺に辿り着いて一緒にここに来たという次第です」
「まあまあ、森さんの娘さんがいなくなって暫く経つのに、お友達思いであの子も浮かばれるわ」
「……すいません、森さんがいなくなってどれくらい経ってますか? 僕達が事態を調べ始めたのは結構後になってからだと思うんです。正確にどれくらいにいなくなってしまったのか知りたくて」
「森さんの娘さんは……ごめんなさい、確か一、二年前だと思うけれど、正確には覚えてないわね。それにしても、ネットって学生さんと大人が仲良くなることもあるのね」
老婆は嬉しそうに何度も頷く。横からミズエが顔を出して問うた。
「どこで消息が消えたとか、わかりますか」
「家の中で眠っていて、朝起きるといなくなってわ。すっかりぽっかり、影も形も無くなって。森さんの家はお守りを置いてなかったみたい」
「お守り?」
「ええ。みんな一つは持っているのよ」
その言葉に、オドロは目の色を変えた。
お守りがあるという事は、何かから自分を守る必要があるという事だ。みんな、という口ぶりからして、この地域にはそういった神隠しや惨殺を行う怪異の伝承があると考えていい。
「すみません、それに関して詳しくお話を……」
オドロが追及しようと一歩踏み出したその瞬間、おーい、と声が響いて来た。野太い男性の声だ。
「あら。ごめんなさい。私も畑仕事に戻らなきゃ。もっと時間があったら採れたてのきゅうりをご馳走できたのだけれど……」
「……いえ。こちらこそお時間とらせてしまってすみません。お構いなく」
オドロ達は深々と礼をして、老婆と別れた。村の奥へと進みながら、オドロは推測を語る。
「二人とも察してるだろうが、この事件の犯人は村で語られている伝承にある存在の可能性が高いな。神か妖怪かまではわからんが……神だったら、ちょっと難しいな」
「なんでですか?」
「神に不用意に喧嘩を売ったら、現状よりも状況が悪化する可能性もある。俺たちは事件を解決するために来たんだ、悪化だけはさせてはいけない」
老婆は、お守りを持つことを習慣であるかのように言っていた。つまり、その文化はそれなりに古くから続いているという事だ。たとえば、その行方不明の所以が人柱などの文化などにあったらどうだろうか。下手に刺激したら、犠牲を阻止したら、神は更なる人柱を求めるかもしれない。
「神の仕業だって決まった訳でもないですけどね。第二村人はどこかなーっと」
コトブキは肩を竦めた。怪異の正体に関しては、情報を収集すれば後々にわかる事だろう。
「そう言えばユカリさん、神隠しの瞬間とかわからなかったんですか?」
「暗闇だったので視界は明瞭ではなかったんですけど……小さな人影が被害者を連れていく所は目撃しました」
「惨殺に関しては?」
「それは話に聞いただけです。現場を目撃した訳ではありません。……これくらいしか調べられなくてごめんなさい」
しかし、じきに日が暮れてくる時間帯になる。農作業もそろそろ終いになってくる時間帯だ。また、早く下山しないと山道は危険である。オドロ達一行は、ひとまず民宿に向かうことになった。
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