第17話


 逢魔が時。昨日の相対から丁度二十四時間後、オドロ達はまたトンネルに訪れた。

 昨日とは違うのは、まずミズエの負傷だ。肩口の傷は縫われたものの、完全には癒えきっておらず動かしにくくなっている。とはいえ、戦闘では髪を使うので支障はないだろう。

 次に、カリヤだ。彼女は変わらず、足の爪先まで完全に隠れるほどの丈のスカートのワンピースを身に纏っている。スカートが翻らないようにしずしずと歩いている事もあり、大変動きづらそうだ。ソーイングセットが入ったウエストバッグが腰を締め付けている。

 最後には、オドロ。彼の服装は三十三個のボタンの神父服ではなく、カリヤによって綺麗に洗濯された元の神父服だ。元々の色が黒である事もあり、血痕は目立っていない。ついているかついていないかもわからないほどだ。

 そして、彼が肩に担いでいるのはカーボンの折りたたみシャベルではない。ミズエの治療中にホームセンターで購入した、彼の肩までの長さがある鉄シャベルだ。その大きさと素材のおかげでそれなりの重さがあるが、それがむしろ彼の手によく馴染む。教会の敷地の整備や墓守としての仕事の際、よく使っているものだからだ。


「……よし、行くぞ」


 オドロは緊張感を纏わせた声で、毅然と告げる。二人はそれに応えるように頷き、そのままトンネルへと足を踏み入れた。

 一人分と少し増えたような、奇妙な足音が重なり合う。背後から誰かついて来ているのかと思ってミズエは振り返ったが、後ろを歩いているのはカリヤだけだ。

 かと思えば、前方から二人分の足音。一つは裸足、一つは普通の靴のようだ。前方に目を凝らすと、不安定に明滅する電灯に二人分の人影が照らし出された。

 一つは、ロングコートに頭部に包帯を巻いた青年、キジマのものだ。じゃらり、と鎖が擦れ合うかのような音がして見てみれば、彼の手に鎖が握られていた。

 その隣には、相も変わらず継ぎ接ぎで半分腐っているごみこさん。両手が鎖によって拘束されており、狂気的な殺意が灯る虚な瞳をキジマに向けていた。敵味方の判別もついていないのだろう、今にも彼の喉笛に噛みつきそうだ。それでも彼女がキジマを襲っていないのは、彼女を御す手綱である鎖がキジマの手に握られているからだろう。


「こんばんはぁ」


 キジマは飄然とした笑みを浮かべながら片手を挙げる。目元には分厚く包帯が巻かれているが、口元だけは露出していて、その食えない薄ら笑いだけが明確にわかった。


「あれ、知らへん子おるやん。お仲間さん?」


「初めまして、カリヤよ」


「そないにこまい子連れてくるなんて、切迫しとるんやね」


 キジマはカリヤの身長や顔立ちを見て「小さい子」と思ったのだろうが、カリヤは妖艶と苦笑する。その仕草はやけに老成しており、外見通りの十代始めだとは到底思えない。


「そんな言い方されるほど幼い自覚はないのだけれど」


「あらら、失礼な事言うてもうた? すんませんなぁ」


 キジマは眉と頭を下げて素直に謝意を顕にする。それに気分を良くしたのか、カリヤはつんと胸を張って「いいわ、素直な子は嫌いじゃないもの」と言っていた。


「そんで……また邪魔しに来たん?」


「邪魔じゃない。止めに来たんだ」


 その凶行を、と言いかけて、オドロは口を噤んだ。こちらにとってキジマがしようとしている事は凶行ではあるが、多面的に見ればそうとは言い切れない。キジマがしようとしているのは確かに、ごみこさんにとっては一種の救いであるのだから。凶行と、一方的に向こうを詰るかのような言い方は憚られた。


「そっか。……じゃあ、こっちも容赦はせぇへんで!」


 キジマは叫ぶと同時に、懐からウルミを取り出す。ミズエの血は綺麗に拭き取られていて、わずかな脂が付着しているばかり。少し研いだのか、刃の輝きがそこには宿っている。

 それと一緒に、彼はごみこさんを縛っていた鎖を手放した。ごみこさんはキジマとオドロの間で視線を彷徨かせた後、最終的にオドロ達に濃密な殺意を向ける。明らかな敵意を放っているこちらを先に排除すべきだと感じたのか、それとも本能的にミズエを危険視したのか。

 また、オドロはシャベルを構える。ミズエは髪を伸ばして放射状に広げて待ち構える。カリヤは糸を通した針を持って悠然と立っていた。


「ここで白黒つけてやる……!」


 オドロががなると同時に、キジマが走り始める。

 オドロに掴み掛かり、その勢いのまま二人が数歩後退すると同時。

 ミズエが髪を爆発的に伸ばして蜘蛛の巣のように展開し、トンネルの内部で分断。ミズエとカリヤとごみこさん、そしてオドロとキジマといったように分けた。

 髪を数房張り巡らせているのみなので、通ろうと思えば簡単に通れるだろう。しかし、相手と相対しながらそれができるかと言えばそれはまた別問題だ。


「……ふぅん?」


 オドロから数歩下がりながら、キジマは感嘆の吐息を零す。どうやら、無策で来たのではないようだ。


「最悪、殺さなんだらならへんのか……。ややな、殺したないな」


 オドロはシャベルを構える。新品で、刃が鋭利に研ぎ澄まされたそれ。

 そして、それと同様にキジマの瞳に宿る意思も研がれていた。彼が持つウルミに血が一切ついていないのは、きっとその意思の表れだ。

 一晩かけて、覚悟をしていたのだろう。乾いた血を洗い取り、金属としての正しい鋭さを取り戻して。そうして、殺しこそされる覚悟を。

 やはり躊躇はあるけれど、しかし罪悪感はそこには一切見受けられない。


「けど、しゃあないわ。必要なら、殺すしかあらへんな」


 殺す必要があるのなら、殺すしかない。

 それは殺す覚悟であると同時に、殺さない覚悟でもある。


「……俺達、案外似たもの同士なのかもな」


「せやな」


「同族嫌悪もない。多分、友達になれるタイプの同族」


 オドロのその言葉を聞いて、キジマは薄い笑みを浮かべた。戸惑いと不理解の、子供じみた笑い。


「ともだち……友達? ひゃは、友達なぁ」


 引き攣れるかのような奇妙な笑い声。どこか、哀惜を含んでいるかのように思える。


「考えたこともあらへんわッ!」


 ドスを効かせて叫ぶと同時、ウルミを振りかぶってキジマはオドロに襲いかかった。

 研ぎ澄まされた鋭利な煌めきをシャベルの柄で受け止めながら、オドロは獰猛な無表情でキジマを睨んだ。

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