第10話
北海道の空港にて、その二人は悪目立ちしていた。
片や目つきが悪い神父。片や顔に三枚の札を貼り付けた怪しげな風貌の女。悪目立ちすることは必然だった。
「……慣れなきゃいけないのはわかってるんですけど、やっぱり奇異の目は辛いですね」
「お前、変な所で倫理観真っ当だよな。いや、変な所がぶっ壊れてると言った方が良いのか……。何か訊かれたらコスプレって言っとけ」
オドロは本当に敬虔なキリシタンなので、問われても問題はない。実際その証拠もあるし、彼は聖書の内容をほぼほぼ暗記しているらしいのでそれも証拠となる。宗教観が薄い日本ではオドロの服装は目立つが、コスプレか何かだと勝手に納得されることもしばしばあるらしい。
しかし、ミズエのスーツに札というアンバランスな外観は中々に目を引く。警察がじろりとこちらを見た時には、職質されるのではないかと肝を冷やした。空港でも引き止められて質問攻めにされたから、コトブキに教えてもらった「オリジナルキャラクターのコスプレです」という言い訳を連発したものだ。
札を剥がされることがなくて本当に良かった、とミズエは安堵する。これが剥がされてしまったらどうなるのかミズエは知らないし、前例がなさすぎてオドロやユカリでも未知数だと言っていた。
空港での審査を終えて何とか飛行機に乗り込み、しばらくの空の旅路を終えて今北海道に降り立ったという訳である。
現在は七月の下旬で、夏の暑さが襲ってきている時期なのだが、北海道は日本列島の中で最北端である事もあって過ごしやすい涼しさだ。北海道に来たことがないミズエはその寒暖差に少々驚く。
「オドロさんは北海道来たことありますか?」
「……無いな。そもそも、普段の仕事は周辺の県に留まっているし。こんなに遠くに来ること自体稀だ。……コトブキは惜しかったな、平日だったばかりに来れなくて」
コトブキはまだ高校生であるために、学業を疎かにすることはできない。今は平日であるため、この仕事にはついて来れなかった。仕事の内容が休日まで長引けばまた話は別だが。
「例の怪異が出る場所は……道央の山か」
「というか、ユカリさんはどういう経緯でそれ見つけたんです?」
興味本位で問うと、オドロがいたずらっ子のようなニヒルな笑みを見せた。
「……凄惨な話になるが、聞くか?」
「……遠慮しときマス」
「まあ仕事の話だし最悪生死に関わるから話すがな。お前もう死んでるけど、札やられたらどうなるかわからんし」
あんまり他人に聞かれたくないと言って、二人は適当なファミレス店に入店してからオドロは話し始める。
「今回の怪異は、とある山の中で現れるらしい。人間を追いかけて殺し、ゴミ袋の中にバラバラにして詰めるんだと」
「……それはまた、グロいことで」
「ちなみにお前、グロ耐性は?」
「アニメとかなら大丈夫ですけど、実写はそこまで……」
そこまで答えると同時に、オドロがにんまりと笑った。うっ、とミズエは思わず呻く。
「そのゴミ袋からは異臭と肉片、血臭が溢れ、カラスに啄まれて開いた穴から這いずったように中途半端に爪が剥がれた腕が露出。その眼窩にあったはずの目玉はカラスによって持ち去られ……」
「あーあー! 聞きたくなーい!」
「ひははは!」
思わず耳を塞いで叫んだミズエに、オドロが大口を開けて笑う。小学生男児じみた、悪戯っぽい笑い方だ。
「あーおもしろ……コトブキもユカリもそんな反応しないんだよな」
「コトブキちゃんとユカリさんにも同じ事したんですか……」
ミズエが呆れていると、オドロはすぐに纏う空気を塗り替えて目つきを鋭くした。
「ま、今のはからかい半分だが事実ではあるぞ。それはそれは筆舌に尽くし難い有様らしい。今の所被害者はそう多くはないが、噂を聞きつけたミーハー野郎女郎がいつ来るかもわからん」
今はネット社会。ありとあらゆる情報が錯綜し、オカルト系の話も大量に流れる。本物も、偽物もである。
本物を偽物と思い込んでその怪異に遭遇してしまう例も決して少なくはないと、オドロは肩を竦めた。
「今回は地方だからまだ良いが、配信者やらストリーマーやらが来てたりもするからな。ほんと厄介だよ」
その手の顧客は厄介なんだ、とオドロはどこか遠い目をしながら呟く。
「えっと、お疲れ様です……?」
「この仕事何年やってると思ってんだ、今更だ」
そう言ってオドロは薄く微笑んだ。少し疲れたような、二十代初めの外見に不釣り合いに老成したような笑みだ。
「……そろそろ出るか。今出発したら、あっち着く頃には逢魔時だ」
オドロはそう言いながら、ドリンクバーで持ってきたコーヒーを一息に飲み切ると席を立った。
オドロの言った通り、午後六時半ほどに二人はその場所に着いた。山道はある程度整備されていたが、しかしアスファルトは古びていて、車で走ったら不安感があるだろう事がわかる。
「ここら辺だな」
カーブミラーを見上げながら、オドロはそう呟いた。
それと同時にカーブミラーにぼんやりと人影が映り、それが明確な形を得てひらりと手を振る。
至極色の髪と桔梗色の瞳。藤色の着物を着た中性的な男は、ユカリに違いない。
「無事に到着しましたね」
ユカリはそう言って微笑む。魚眼レンズのように婉曲した姿でそんなことを言うものだから、どこか緊張感が欠けている。
「このトンネルの先で怪異を確認しました。正確には、二人組の若者が逃げ惑ってトンネルから出てきたところ、彼らを追った怪異の姿を捉えました。相手の脚は異常に早く、殺意と執着を際限なく纏わせていました。……どうか、お気をつけて」
私はここで待っています、とユカリは口惜しそうに言った。待っている、ではなく、待っている事しかできない、なのだろう。
「んじゃ、行くぞミズエ。初陣だ」
「はい……!」
オドロに先導されて、ミズエは闇の中に一歩踏み出した。
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