第3話

「俺は棘莎凪。この事務所ではオドロって呼ばれてる」


 神父服の青年は無感動な様子で淡々と名乗った。くぐもった声に命じられて用意したお茶を少女の前に出して、義務的に問う。


「お前は?」


「……ミズエ、です」


「フルネーム。礼儀も知らんのか」


「ウロです。ウロ、ミズエ」


「ミズエさん、ですね。漢字は?」


「苗字は、宇宙の宇に下呂温泉の呂。下の名前は、瑞々しいの瑞に、恵です」


 宇呂瑞恵。それが少女の名前だった。それを聞いたくぐもった声が、ほう、と感心したように吐息を漏らす。


「それはそれは、大変縁起の良い名前ですね」


 くすくすと笑ったそれに、くぐもった声が背後から聞こえてきている事がわかる。布を一枚二枚隔てたような、しかしよく通る中性的な声。

 瑞恵は目を見開いて振り返る。しかし後ろには誰もおらず、あるのは壁に立てかけられた全身鏡だけだ。


「『瑞』は幸運を意味する漢字、それに恵みがつけば『幸運に恵まれる』という意味になります。画数も二十三画、これは『逆境に強い』と言う意味です。正確には濁点はあまり良くなかったりするのですが、そこは置いておきましょう。知らなくても無理からぬ事です。お父様とお母様はきっと貴女の幸福をよく願われていたのですね。説教臭い事を言うようですが……人生ごと捨ててしまうには、惜しい名前です」


 声はくすくすと淑やかに笑う。それが鏡の中から聞こえてきているという事に気がつくまで、時間は掛からなかった。


「ああ、すみません、申し遅れました。私、ユカリと申します」


 ぼうっと鏡に人影が浮かび上がる。

 瑞恵は勿論、オドロだってその鏡に近づいていない。だから鏡には何も映らないはずなのに、まるで幽霊でも映り込んだかのように影が鮮明になっていって、そこに一人の人間を映し出していった。

 上品な藤色の、男物の着物に羽織。至極色の髪は長く伸ばされ、飾り気の無い簪で緩く纏められている。

 ゆったりとした袖を口元にやり、ユカリはころころと、イタズラが成功した子供のように笑う。

 楽しげに細められた瞳は桔梗色。中性的な顔立ちと体格、声。男の衣服に女のような仕草と髪。ひどくアンバランスな人物だ、というのが第一印象だった。


「さて、お仕事の話に戻りましょうか」


 ユカリはそう言って座る。その動きも鏡の中で、だ。鏡が液晶画面で、ユカリはそこに写っている映像か何か。そう疑いたくなるが、ユカリの仕草はあまりに自然そのもので、ユカリが人工物なのだとしたら世界の全てが偽物だとすら思えてしまう。そんな完成された人間らしさという矛盾したものを備え付けていた。


「端的に言います。貴女、呪われていますよ」


 唐突に出された、「呪い」という非現実的なワード。しかし瑞恵はぎくりと体を強張らせた。あまりに、身に覚えがある言葉だったから。その僅かな焦燥を誤魔化すように、「はぁ」と生返事を返した。


「順を追って説明するぞ。まず、呪われてると言っても第三者がお前を呪った訳じゃない」


 オドロが月白の瞳で上から下までじろじろと瑞恵を観察しながら言った。後から「……多分、そうっぽい」と付け加えたから、情報の真偽は定かではないが。


「……呪詛返し、ではないな。ただ単純な呪いのパス、押し付け合いじゃない。ペーペーの素人だろ? こいつにそんな事ができるとも見えないし……もっと、呪いの仕組みの根幹に関わる。……誰かにかけた呪いが返ってきたか? 少し違うな……」


 オドロはブツブツと呟きながら、瑞恵を睨む。正確には、瑞恵を取り巻く何かを、だろうか。彼の瞳は常人とは違うものが見えているのか、瑞恵自身の事は見てはいないようだった。

 一通り観察を終えると、かれは眉を顰めて面倒くさげにどっかりとソファに沈み込み、ため息を吐く。瑞恵が座っているものと机を挟んで反対にあるソファが、オドロの体重を受けて僅かに軋んだ。


「あの……なんでわたしがただ呪われただけだって思わないんですか?」


「だって、お前のそれ、一般人が行う呪術でかけられる強さじゃないからな。呪術の多くはかけたい相手の爪やら髪数本やらが必要な場合が多いんだが、その程度の呪いとの結びつきじゃそんなもんにはならない」


 例えるなら、無数の黒い糸に巻かれて繭になりかけてるみたいだ、とオドロは不快げに眉根を寄せる。


「……お前、どんな呪いに関わった?」


 オドロに鋭く睨まれ、瑞恵は震え上がる。殺意とは、少し違う。けれども敵意に近しいものには違い無い。そういった質の冷ややかな気配に、背筋が凍るような心地がした。


「……」


 瑞恵は答えなかった。更に鋭く目を細めたオドロに対抗するように、瑞恵も彼を睨む。答えるつもりが無いとわかったのか敵意を霧散させて、代わりに心底面倒臭そうにしながらオドロはソファに深くもたれる。


「わかったよ。今は言及しねえ」


 両手を軽く挙げてひらひらと動かし、彼は諦めたように言った。先ほどまで露わにしていた敵意は、まるで無かったかのようだ。


「あの……わたしはどうすれば……」


「『どう』の内容にもよりますかね。そのまま呪い殺されたいのなら私達は関与しません」


「場合によっては、俺が勝手に関わらせてもらうがな」


 瑞恵のおどおどとした様子の問いには、ユカリが、続いてオドロが答えた。ユカリの声音は、どこか緊迫感を帯びている。


「助けてほしい、と言うのなら正式な依頼として取り扱わせて頂きます。その場合は正当な代金を払って頂く事になりますね」


「その依頼をしない、かつさっき言ったように俺が関わる場合になったら、それは俺が個人的に関わる事になる。依頼料は発生しないから安心していい」


 オドロは不敵に口角を上げる。対照的に、瑞恵は訝しげに彼を睨んだ。


「依頼、仕事、とは」


 ああ、とオドロは声を出した。


「説明してなかったか」


「?」


 説明って、何の。瑞恵は首を傾げた。

 ユカリとオドロは揃って肩をすくめた。


「ここは呪い、祟りに関する事件を取り扱う事務所、『怪異お悩み相談所』!」


 ユカリが大仰に両手を広げる。鏡の横幅を超えた分は見えなくなった。ユカリの言葉は奇妙に脳内でリフレインする。その大袈裟な仕草が、今はなんだか神聖に見えた。


「事件、と言っても大した事はやってないがな。規模もたった五人ぽっちの小さいとこだよ」


 たったの五人、と言うが、他の三人は果たして普通の人間なのだろうか。オドロは一見、格好が珍しいだけの普通の人間だが、ユカリはそうではない。鏡に映る人間だなんて、到底普通とは思えない。あの鏡が実は液晶タブレットなどではない限り。


 ここは、一体。


 瑞恵が言葉を詰まらせていると、突然オドロが纏っている空気をピリつかせた。緊迫した様子で表情を消し、そして机の上に置かれた電話を睨んでいた。

 それに促されるように瑞恵もそれを見て、そしてその瞬間に電話が激しく鳴り出す。まるでそれが鳴る事をわかっていたかのようなオドロはワンコールでその受話器を取った。


「はい、こちら怪異お悩み相談所。いかがしましたか」


 敬語を使ってはいるものの敬意は全く感じられない、淡々とした声音だ。オドロは通話相手の言葉を聞いて、そして眉を僅かに顰めた。

 はい、はい、と数度の相槌。最後に「ではそちらに伺わせていただきます」の一言で電話は終わった。


「依頼だ。場所はここから近いし、そこまで時間は掛からないだろうな」


「怪異ですか?」


「ああ。相手、随分錯乱してたが……どうやら学生らしいし、遊び半分で呪術に手え出したってところだろ」


 オドロは呆れたようにため息をつき、ユカリは苦笑を淡く浮かべる。


「今回は俺が出向する」


「あ、そういう感じですか。了解です。……コトブキ、コトブキー。お仕事ですよー」


 ユカリが鏡の中から大声を出した。すると隣の部屋からドタバタと音が聞こえて、間も無くして扉が押し開かれる。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャ……あ、そうだった、お姉さんがいるんだった……」


 飛び出してきたのは、瑞恵と同じ年頃の少女だった。

 袴とセーラー服を折衷したかのようなデザインの、黒い制服。胸元を飾り立てる赤いリボンが鮮やかだ。着崩しは特に無いのだが、何故かスカートが大きく裂けていてスリットのようになっている。ざっくりと赤い糸で縫われてはいるが、悪目立ちはしていた。

 毛先に向かって赤みがかっている腰まで伸びた黒髪は緩く編まれており、大人しそうな印象を抱かせる。しかしそれに反して、瞳の色は鮮烈な柘榴色。燃えたつ炎、流れる血潮を想起させる赤である。


「えと、おはようございます。自殺のお姉さん」


「自殺のお姉さん……?」


「さっき言ってた、自殺しようとしてたお前を見つけて俺に助けろって詰め寄った奴だよ。恨み節の一つでも吐いてやっていいぞ」


 オドロが冗談か否かもわからない声音で言った。恨み節、と言ったのは、瑞恵が自殺しようとしたところを助ける事で邪魔したと考えているからだろうか。


「恨みなんて、言うつもりないですよ……。わたし、宇呂瑞恵です」


「あ、どうも。僕は……二条寿光です。寿に光でスピカって読む、キラキラすぎて草も生えない名前っす。恥ずかしいんで、みんなにはコトブキって読んでもらってます」


 コトブキと名乗った少女はそう言って頭を下げた。所々の仕草がどこか幼い印象で、事務所で働くには少々若すぎるのではないか、と瑞恵は思った。


「お前ら、挨拶はそこまでにしろ。コトブキ、仕事だっつっただろ」


「オドロさん、人が親交深めてるのに邪魔だてするのはナンセンスですよー」


 ソファにどっかりと座り込んだまま、オドロがそう命じる。コトブキは唇を尖らせて不満を言ってはいるものの、その手はノートパソコンを開こうとしていた。


「黙って調べろ。ワードは『ひとりかくれんぼ』だ」


「はいはい」


 コトブキはノートパソコンを机の上に設置して、タイピングを始める。パソコンを使い慣れていない瑞恵からすると、驚くほどに早い入力速度だ。


「ひとりかくれんぼ……ああ、有名な都市伝説ですねー。これは……降霊術、か」


 コトブキはぴりりと眉を上げる。降霊術というワードに対して何かがあるのか、彼女は一瞬何かを考え込む仕草をしたが、すぐにパソコンに向き直る。


「わかったか」


「大体。今回も同行要ります?」


「そうだな。今回は俺の出番だが、一応ホシさんの手も借りたい」


「おけ」


 二人は短い会話を終えると、そのパソコンの画面を回してオドロと瑞恵に見せる。その黒と赤で明らかにおどろおどろしく飾り立てられたホームページは、明らかにオカルト系の怪しいページだ。


「ひとりかくれんぼ……ぬいぐるみを使った降霊術の一つですね。人形じゃないのでカリヤさんの専門の範囲外だと思います。ぬいぐるみに米やら 自分の爪を詰めて赤い糸で縫う、風呂桶に沈めて鬼の宣言……色々条件が面倒だなぁ」


 明朝体の文字列を読み、簡単にその内容を要約していくコトブキ。ページを読み進める手が、ある場所で止まる。


「あれ……これおかしくない?」


 そう言って直接液晶画面を指差す。そこには、ひとりかくれんぼをする時の絶対的な条件が述べられていた。


『実行するのは、必ず午前三時から一、二時間にかけて』


 現在時刻は午後の九時を少し過ぎたあたり。午前三時だなんて程遠い。


「なるほどな。依頼人がかけてきた異常自体の原因は間違いなくそれだろ。時間を間違えるとか致命的すぎる」


「もしかしたらここ以外に時間が無かったのかもですよ? ほら、明日も平日ですし」


 確かに午前三時から一、二時間となるとあまり睡眠時間は取れなくなるが、それなら休日にやればいいのでは、と瑞恵は思ってしまう。


「それで、具体的に何が起こってるんですか」


 コトブキの問いに、オドロは肩をすくめて飄々と答える。


「安心しろ、ただの異常事態だ。ルビは日常茶飯事、な」


「つまり霊障って事でおk?」


 軽い調子で交わされる会話に、瑞恵はついていけなくてひたすら首を傾げた。


「れ、霊障?」


「幽霊が起こす事件ですね。例えばポルターガイストだとか心霊写真とか。テレビで特集組まれてるの、一回は見たことあるでしょう? あれのほとんどは本物なんです」


 ひたすら頭に疑問符を浮かべていた瑞恵に、ユカリが鏡の中から説明を加えた。


「本物……? ああいうのってほとんどが偽物だって聞きますけど」


「いいえ、本物ですよ。この世には生者に存在に気がついてほしい幽霊がごまんといますから、そんな彼らが起こす心霊現象が一体どれほどあるのか測りかねますよ。そのほんの一部が観測されてああやって番組になるんです。まあ、偶然他の要因でも起こり得る状況にあったから自然現象と思われる事がほとんどですけど」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花と言うが、枯れ尾花が幽霊に見えたのか、本当に幽霊がいたのにたまたまそこに枯れ尾花があったからそれが正体だと思ったのか、どちらとも言えない。

 私の立場では彼らを呆れる事もできないですけどね、と鏡の中でユカリが苦笑した。この空間で一番の不思議現象である自覚があるのだろう。


「それにしても、変ですね?」


「何が」


「その時間帯。一番霊が活性化する時間を無視した降霊術なら、霊は呼び出されないはずですよ。だから霊障が起こるはずがありません。依頼人はいつ儀式を始めたんですか?」


「錯乱してたし詳しくは聞いてないけど、数時間前、とか言ってたな」


「……なるほど、丑三つ時ではなくて逢魔時に、ですか。呼び出せたのも納得です」


 オドロの言葉を聞いて、ユカリは一人納得したように頷く。


「丑三つ時は言わずと知れた魔の者が活性化する時間ですが……日暮れの逢魔時も魔物が蠢き始める時間です。そのせいでしょうね、怪異が想定外の力を持って目覚めてしまったのは」


「割とガバガバ判定っすよね、怪異」


 コトブキがホームページの文面を簡単に箇条書きにしたものを印刷しながら独りごちた。


「んで、コトブキ。対処法は書いてあるか?」


「儀式を終わる方法は書いてあるけど、解呪方法なんて書いてないですよー。この儀式、失敗しない事が前提ですから。失敗をしなければ深刻な害にはならないんでしょうねー。失敗したから今こうなってるんだろうけど」


 印刷した紙をオドロに手渡しながら、コトブキは肩を竦めた。


「……なら、今日は荒事、純然な渡守の仕事だ」


 そう言いながら、オドロはニヒルに笑う。歯を剥き出して口角を鋭く上げる、凶暴な笑み。


「ほら行くぞコトブキ」


「あっちょっと待……僕にだって準備ってもんがあるんですけどあのあの!」


 オドロがコトブキのセーラー服の襟を掴み、ずりずりと引きずる。壁に立てかけてあったシャベルを掴み、そして出口まで歩いていく。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 瑞恵は、思わず彼らを呼び止めていた。その瞬間オドロはぴたりと動きを止め、煩わしげに振り返る。


「悪いな、お前が依頼をするかどうかは知らんが、今は別件だ。応待はまた帰ってきてからな」


「帰ってきてからって……帰って、来れるんですか?」


 霊障だとか、降霊術だとか、そんな非現実的なワードを唐突に出されて、瑞恵は未だ混乱していた。

 しかも、その口ぶりからして戦闘でもあるようだ。命の保障は、あるのだろうか。コトブキのような少女はその怪異とやらにあって、無事でいられるのだろうか。

 瑞恵のその心配を杞憂だと笑い飛ばすように、オドロは鼻で笑った。


「来られるに決まってんだろ。そうじゃなかったら俺はとっくにこの場に……この世にいねえよ」


「……」


 黙り込む瑞恵に、コトブキは首を傾げた。


「瑞恵さん、もしかして心配してくれてるんですか?」


「……そう、ですね。そうです」


 瑞恵が首肯すると、コトブキはにんまりと喜色をあらわにする。


「それじゃあ、よかったらついてきます?」


 彼女はいつの間にか、弓をその手にしていた。弓道でもやっているのか、その出たちはやけにしっくりとくる。背中には矢筒の他に、竹刀袋に包まれた何かを背負っている。


「え……?」


「あー、これ以上面倒に言い縋るならそれも良いかもな」


「気になるようなら、ですけど。大丈夫です。ホシさんが安全は保障しますし」


 コトブキは自信ありげに微笑み、柘榴色の瞳で瑞恵を見る。

 問われて、瑞恵は身を固くした。確かに、コトブキの身を案じたのは事実だけれど、ついていきたいと思ったわけではない。むしろついていく事で足を引っ張らないかと危惧をしているくらいだ。

 もしそれで二人が負傷でもしたのなら、瑞恵が悪い。悪者になる。瑞恵は何よりもそれが怖かった。ビルの屋上から飛び降りるくらいだし死ぬ事は怖くもなんともないけれど、痛いのは嫌だ。悪者になるのも、心が痛くなるから嫌なのだ。


「えっと……申し出はありがたいんですけど……」


 社交辞令と共に断りの言葉を吐き出そうとした、その瞬間。遮るようにブレザーの首根っこを掴まれて、瑞恵は「え」と呆けた声をあげた。


「ああもう面倒くせえ。こちとら時間ねえんだよ、もういいから一緒に来い」


「えっ、はあぁ⁉︎ わたし行くなんて一回も……!」


「黙れ。外野が心配してる風な口きいといて、けれども様子を観に行くのは嫌ですってか? そんなんウザいだけだ。関わる気もないのに他人を心配する善人のポーズだけとんなよ」


 オドロは苛立ったように言いながらそのまま玄関の扉を開けた。そこにあるのは、ギラギラと下品に輝くネオン。瑞恵が自殺しようとした時に見たものと全く変わらない夜の街だ。


「うーん……言い方はアレだけど、オドロさんの言ってる事は正しいですよ。瑞恵さん、学校で風邪を引いた後誰かに『大丈夫?』とか言われて、こう思った事はありませんか? 『思ってもないくせに、友達やクラスメイとして最低限の社交辞令だな』って。あなたが言ってた事。それと同じに聞こえるんです。あんまりに薄っぺらい心配の言葉は、ただ僕達をダシにして善人の自分を演じたいっていう独りよがりに聞こえちゃうんです」


「独りよがりって、わたしはそんなつもりは……!」


「つもりがなくても、そう聞こえるの。そして、そう聞こえた瞬間から当人にとってそれが真実です。僕やオドロさんにはあなたはそういう人間だって認識されるんですよ」


 コトブキはその柘榴色の瞳を鋭く細めた。何もかもを見透かされるようなその目に、瑞恵は思わず生唾を飲む。


「ああ、別に良いんですよ。パンピーに期待なんてしてないし、来ないなら来ないで良いです。あ、こんな露悪的な言い方したら断りづらいですね。ごめんなさい。けど、本当にどっちでも良いんですよ」


 無表情でそう言われて、こめかみの血管が立つような音がした。本当に興味がないような、オドロとはまた別質の無関心。彼女の物言いと、まるで「そんな事も理解できないし、これでついても来れない腰抜けだろう」と言われているような言外の圧を感じた。少々被害妄想も混じっているが、けれどもそう思わせるほどの力が、彼女の言葉には含まれている。


「行くよ、行きますよ!」


「えー、無理はしなくて良いですよ。僕もホシさんもやっつけになってる人の護衛なんてしたくないし。あ、これもずるい言い方か」


「やっつけになんてなってない! 死んでも別にいいし。っていうかホシさんって誰ですか」


「何拗ねてるんですかー」


「あーもううっせえ。はよ行くぞガキ共が」


「そういや瑞恵さん何歳ですか。意外と子供っぽいけど」


「今年で十七です」


「あ、僕十六」


「だーもう時間ねえっつてるだろうがよ!」


 いよいよ郷をにやして、オドロは二人の襟を引っ掴んで無理矢理に引き摺る。そのままテナント式にビルに埋め込まれた事務所から出ると、おそらく彼のものであろう黒い乗用車の後部座席に突っ込まれた。


「あいてて……ちょっとオドロさぁん」


「あのままだと話進まねえだろうがよ。ホシさん、聞いてんだろ。こっから仕事だから、心の準備頼むぞ」


 エンジンをかけながら何処かに向かって話しかけるオドロに、瑞恵は首を傾げ、そして何故かコトブキがこくこくと頷いていた。

 一体何が起こるのか。彼らが依頼と言って向かう先に何が待ち受けているのか。瑞恵は、まだそれを知らない。

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